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2月3日 気まぐれNY通信 「リトル・バグダッド」


1月30日、イラクで国民議会選挙が行われましたが、
今回の選挙では、イラク国外に住むイラク人にも1票が与えられました。
選挙権をもつ在外イラク人は、およそ120万人。
世界でも過去最大規模の在外選挙です。
アメリカのイラク攻撃からまもなく2年。
アメリカ最大のイラク人街でも投票の日を迎えました。


デトロイト郊外ディアボーン。
街にはアラビア語が溢れ、スカーフを被った女性たちが通りを行き交います。
イラク人が集中するこの街は「リトルバグダッド」と呼ばれています。
旧フセイン政権の圧政から逃れようと、
多くのイラク人がこの街へやってきました。

ガソリンスタンドを経営するゲイダー・ミルザさん(28)も
4年前、イラクのナジャフからこの街へ亡命してきました。

「イランへ行ったというだけで、フセイン政権に2年間投獄させられた。
政治について話をしただけで、殺されるような状況だった」と
当時を振り返ります。

自由を求めてアメリカへ逃れたものの、同時多発テロ後は
イラク人の友人が不当に逮捕される場面を目の当たりにするなど、
緊張の続く暮らしを強いられてきました。

そうしたなか、今回、ミルザさんにも祖国への1票が与えられました。
3年前の選挙では、フセイン大統領が100%の得票率で勝利したように、
イラクではおよそ50年にわたって民主的な選挙が行われてきませんでした。
それだけにミルザさんにとっては、こうした選挙は人生で初めての経験です。

妻のファティマさん(18)と投票所へ向かう車の中で、
「自由なイラクをつくる最初の一歩なんだ。
選挙で国を建て直して、もう一度イラクへ戻りたい」と
自分の1票にかける思いを語りました。

金属探知のゲートをくぐり投票所へ入ると、拍手が聞こえてきます。
大きな倉庫につくられた会場は10ほどのブースに分かれています。
それぞれのブースで、投票した有権者に、
投票所のスタッフたちが拍手を送っているのです。

投票箱に1票を投じたあと、Vサインを見せたミルザさんにも
大きな拍手が送られました。
「信じられないような気分だ」と興奮を抑えられない様子です。

しかし、ミルザさんのように、選挙に大きな希望を抱くイラク人がいる一方で、
投票のための登録をした人は、極めて少ないのが現実です。
在外投票を管理する国際移住機関(IOM)によると、
全米5ヶ所での在外選挙では、有権者は約23万5000人に上りますが、
そのうち、選挙登録をした人は、約2万5000人にとどまりました。
登録率は、わずか11パーセントです。
あまりに登録者が少ないので、登録期間を2日間延長したうえでの数字です。

イラク人が集まる食堂やスーパー、社交場などでは、
「投票所が遠すぎる」
「仕事で登録に行けなかった(だから投票できなかった)」
(今回の在外選挙では、郵送での投票や期日前投票はできない)
「選挙に関する情報が少なすぎて、
どの党に、どの候補者に投票したらいいのかわからない」
「国を分裂させる選挙には投票したくない」
あるいは
「投票することは、アメリカの占領政策を承認することになる」
という意見も聞かれ、この選挙の難しさを改めて痛感させられます。

30年にわたって、イラク人コミュニティを取材してきた
「アラブ・アメリカン・ニュース」発行人のオサマ・シブラニ氏は
「ブッシュ大統領による偽りの民主主義を広めることに
利用されるのではないかと、在米イラク人は
今回の在外選挙自体に疑問をもっている」と見ています。
また、在外選挙の意義を問うと、
「『在外選挙もやった』というアメリカのプロパガンダにすぎず、
選挙の意義はまったく見出せない」と厳しい見方です。

フセイン政権による圧政が終わったとはいえ、
その後、大混乱に陥った祖国をどう建て直すのか。
遠く離れたアメリカから1票を投じる人、あえて投じない人、
ともに同じ悩みを抱えています。


【取材後記】
超極寒のデトロイト(-16度)から極寒のニューヨーク(-6度)へ戻り、
紅茶をすすりながら、インターネットニュースを見ていると、
「在外投票率93.6%」という見出し。
前述した国際移住機関が発表した数字です。
世界14か国で“選挙登録した人”が、280,303人。
実際に投票した人は、265,148人でしたので、
計算すれば・・・、あれ?「投票率94.6%」になります。
(国際移住機関に問い合わせたところ、その後、ヨルダンで
票の一部が無効になったため93.6%になるという説明でした)

しかし、そんなことより、国際移住機関は、選挙の前に、
世界14カ国のそれぞれの国の有権者数を弾き出し、
今回の在外選挙での有権者の総数を、1,189,843人と発表していました。
この数字を取らずに、登録した人の数を分母にして、
「投票率」とすることに疑問を感じずにはいられません。

「ほとんどの人が投票した」という印象や、
あたかも「選挙がうまくいった」かのような印象だけが残り、
多くの有権者が1票を投じなかったという事実は隠れてしまうからです。

ちなみに、有権者総数を分母にとって改めて計算してみると、
投票率は22.3%(全米5カ所では10.3%)。

「理由は様々ですが、1票を持っていても、
投票しなかった人が圧倒的多数だった」というのが事実のはずです。

   
 
    
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