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イギリス編撮影日誌
一話 『英国の旅、夢と現実』

番組開始から17年目を迎えた『世界の車窓から』。
今回は、5度目の英国シリーズになります。日本からのスタッフはディレクターの私、中澤洋子。
『車窓』ではコンビ2度目の撮影の辻くん。『車窓』ロケ初体験の戸田くんの3人。平均年令31歳、昔のドリカムのようなぴちぴちトリオです。イギリススタッフは、ケンブリッジ在住で二児のママの大嶋さん。ちょっとブルース・ウィリスに似ているガリーさん。これから4週間、この5人でイギリスのカントリーサイドを列車で巡る旅をします。

さてイギリス。いつも思うけれど、飛行機から見えてくるイギリスがとっても好きです。子供時代に思い描いた、素敵な外国そのもののような気がします。煉瓦で出来たお家。しかも煙突つき。どの家にもちっちゃい裏庭があって…。今回が4度目のイギリスだけど、子供時代から培ってきたイギリス妄想(キャンディ・キャンディ、少公女、ビートルズなどなど)は30を過ぎた今も、脳内でまだまだ幅をきかせていたのですが…。
現実はやはり厳しかった。準備段階で既にグッタリしてしまったのが、イギリスの鉄道事情。こちら、かなり複雑です。赤字に伴う国鉄の民営化から端を発し、数えきれないほどの会社が鉄道事業に参入。そして物事を複雑にしている要因のひとつが、ひとつの路線にいくつもの会社の列車が走っていることです。
日本は国鉄の民営化といっても、JR各社に分割民営化されただけです。ところがイギリス。もともと国鉄だったところに。色んな会社の列車が走っているのです。想像してみてください。もしあなたが東海道線の横浜のホームに1時間いたとします。最初に来たのは東急の電車、次の電車は小田急、その次は京王。しかもホームには、東急と小田急と京王の駅員さんが勢揃いしている。さらに駅の管理をしているのは、その3社のいずれでもない。時刻表も、まるで暗号のような代物で、解読するだけで眉間に皺が寄ってしまいそう。

『世界の車窓から』のロケをするには、イギリスは意外にも難易度が高そうな印象です。

ディレクター中澤洋子

旅のはじまり パディントン駅
旅のはじまり パディントン駅
ロケ車にて 辻&戸田
ロケ車にて 辻&戸田
ドライバーのガリーさん
ドライバーのガリーさん
第二話 『コッツウォルズ地方 〜花咲く英国〜』

ロンドンをあとに、まず我々一行は西のコッツウォルズ地方に向かいました。産業革命の時代、コッツウォルズでは石炭が取れなかったために工業や鉄道敷設が遅れ、そのため近代化の波に洗われることなく昔ながらの可愛い村々のたたずまいが残っていると言われる場所。
英国人にも人気の高いカントリーサイドです。

コッツウォルズの窓口となるのは、世界遺産の街として知られるバース。はじめてのバースは、どこかフランスやイタリアのノーブルな保養地を思わせる明るい街でした。イギリスを旅しているんだなあという実感が、初めてしみじみと込上げてきたのも、ここバースでした。それからコッツウォルズで訪ねたのは、キャッスルクームという村。毛布を発明したブランケット兄弟が住んでいた村としても密かに知られています。訪ねたのが早朝だったので、通りを歩いている人もぽつりぽつり。蜂蜜色と聞いていた石造りの家は、長年の風雪に耐えたためか、ちょっとくすんでいたけれど、確かにお伽話の舞台になりそうな村でした。

コッツウォルズはまた、花咲き乱れるイングランドでもありました。特に印象に残ったのは、車窓いっぱいに広がる菜の花畑。我々一行も、予め乗車した時にチェックしていたポイントで、菜の花畑を走る列車を撮影することにしました。車窓のロケでは、それぞれスタッフがトランシーバーを持って連絡を取り合います。はぐれることを心配して団子のようにくっついている必要はありません。
先に撮影隊の辻くんと戸田くんにポイントに行って貰い、私は後から追い付こうと思ったんだけど、これがとんだ計算違いで。地図上では近く思えたポイントが意外に遠かった。背の高さほどある菜の花をかきわけ前に進むんだけど、30分くらい歩いても視界に入るのは青空と黄色い花ばかり。「どこにいるの?」とトランシーバーで呼び掛け、「菜の花畑です」と答えられても何の解決にもならない。結局二人と出会うことはできず、私は1時間ぐらいひたすら圧倒的な黄色の世界を彷徨いました。

大学時代の美学の先生が、黄色は狂気の色だと教えてくれたことがあります。「ゴッホをご覧なさい。狂気に包まれた人間には、世界が黄色く見えることがあるのです。」と。確かに、異界のような風景だった。ふと、死んだらこんな風景を見るのかなと思ってしまった。そのことを辻くんに言うと、「退屈そうですね。」と一言。旅の供は、筋金入りのリアリストです。

ディレクター中澤洋子

キャッスルクームの村の中心地
キャッスルクームの村の中心地
典型的なコッツウォルズの家
典型的なコッツウォルズの家
菜の花畑で愛を深めた二人
菜の花畑で愛を深めた二人
第三話 『リバプールにて 〜セキュリティー大国・英国〜』

「戦争中のイギリスに行って、大丈夫なの?」出発前、よく心配されました。でも、ご当地イギリスはテレビや新聞では戦争ネタだけど、街に戦争の空気は感じられません。予想外だったのは、怪しいと目をつけられたのが私達の方だったことです。駅で撮影していて、セキュリティーが飛んで来るのは毎度のこと。街や列車の走りを撮影していても、どこからともなくセキュリティーの人がやって来て尋問されました。
大嶋さんが一緒の時はいいけれど、何せ日本からのスタッフは、英語があまり堪能ではない3人組。一度など踏み切りでロケハンをしていたら、鉄道会社のおじさんが突然やってきて、まごまごしている内に連行されそうになりました。

極めつけはリバプールで起きた出来事です。ある日、ドライバーのガリーさんの携帯電話に、リバプール警察から連絡が入りました。「赤いワゴン車に乗った怪しい東洋人グループが不審な行動を取っています。捜査をお願いします。車のナンバーは…」といった内容の、市民からの通報があったらしいのです。そしてナンバーから割り出されたのが、私達のロケ車だったという訳。もちろん容疑は晴れました。でも視点を変えれば、確かにわれわれ車窓のロケ隊は怪しいのです。特に列車の走りのポイントを、ロケハンしている時の私達は異様かもしれません。ここ!と目をつけた所に着くと、車から飛び出しポイントまでダッシュ。そして、ギラギラした眼差しで線路をチェック。そんなことを、のどかな田園風景や平和な住宅地で日々繰り返しているのですから。

さて、リバプール。リバプールといえば、ビートルズゆかりの地。リバプールにはキャバーンクラブやストロベリーフィールズなど、ビートルズ関係の有名な所はいっぱいあります。でも私が迷わず、行こう!と決めていたのはセント・ピーターズ教会でした。ここは1957年7月6日、17歳のジョンと15歳のポールがはじめて会った場所。教会のイベントにバンド参加していたジョンを、ギター小僧だったポールが見に行き、一緒に音楽活動していくことを約束したと言われる場所です。教会を撮影しながら、私は時の流れの不思議さを感じていました。ジョンとポールはここで出会った時、後に自分達が世界を席巻するミュージシャンになることを想像しただろうか、と。

今年の正月、未婚のいけてない兄妹二人で、テレビでやっていたポールのニューヨークコンサートを見ました。ポールは亡くなったジョンやジョージや妻のリンダを悼む歌を歌っていて、ロック界の森繁久弥みたいでした。でも半年もたたない内に、自分がリバプールに来るとは考えもしなかった。先のことって、本当に分からないものです。私とベッカムが電撃的に出会い、ベッカムがヴィクトリアと別れ、どうしても私と結婚したいって言い出すことだってあるかもしれません。そうなったらイギリス国民は、私を「魔性の女、第二のヨーコ再来」って言うかもしれない。結婚したらベッキンガム宮殿に遊びに来てね。そんなことを旅の供である辻&戸田に語ったのですが…、黙殺されました。

ディレクター中澤洋子

ジョンとポールがはじめて出会った、セント・ピーターズ教会
ジョンとポールがはじめて出会った、
セント・ピーターズ教会
二人がはじめて出会った場所であることを示すプレートが、さりげなく壁に埋め込まれています
二人がはじめて出会った場所であることを示すプレートが、さりげなく壁に埋め込まれています
教会の周囲には、昔ながらの煉瓦作りの街並が残っています
教会の周囲には、
昔ながらの煉瓦作りの街並が残っています
第四話 『マン島 〜風の英国〜』

リバプールからフェリーに乗り、アイルランドとイングランドの間にあるマン島にやって来ました。出発前、マン島にある鉄道はすべて保存鉄道ということを知り、これは行かねば!とプランに入れたのです。マン島の第一印象。寒い、暗い。出発前、イギリスなのだから雨や曇りでも楽しもう!と、固く決意していたのですが…。厚い雲の下のマン島は、春とは思えないほどの寒さ。そして風がやたらに強いのです。

初日は、海沿いを走る電車に乗りました。100年ぐらい前に作られた電車のボディは、それ事体が骨董品のよう。ギコギコと音をたてて、断崖絶壁を走りました。翌日は雨の中、島の南西部に行く蒸気機関車に乗車。ところが乗車している内に晴れてきて、最後は雲ひとつない青空に!でも、寒い。風がやっぱり強い。でも光に満ちたマン島は、見違えるように美しかったです。

島の南端では、野生のアザラシに出会いました。(ホタテをあげなくてもスクスク生活)それから、4本角の羊も撮影。でもマン島特産4本角の羊は、ちょっと凶暴でした。たいていイギリスの羊は、逃げないよう石垣の中で飼われているのですが、それが裏目に出ているような…。角で相手をつつくのです。逃げ場のない石垣の中が、プロレスのデスマッチ会場のように感じられました。角のある人生って、大変です。マン島には他に、尻尾のない猫というのもいるらしいです。離れ小島のマン島は、不思議な動物の宝庫でもあります。

島での最終日に乗車したのは、スネイフェル登山鉄道。天気は良かったのですが、これまた頂上は、笑っちゃうほど風が強かったです。写真をご覧ください。スタッフの髪が、大変なことになっています。
四方を海に囲まれているせいで風は強いけれど、マン島は面白い島でした。縦50キロ、横20キロの小さな島の中に、イギリスらしさのすべて詰まっているような印象です。青い海、緑の牧草地と羊の風景、茅葺き屋根の素朴な村。街にはパブやフィッシュ&チップスの小さな店もあって。ちっとも洗練されていないけれど、のんびりするにはもってこいのような気がします。

マン島では、スタッフ内でちょっとしたハプニングもありました。撮影助手の戸田くんが、歯の神経を抜いたのです。まだ25歳の戸田くんは我慢強い男の子。ずっとシクシクしていたのが、ここマン島で限界に達したようです。ドライバーのガリーさんに付き添われ、救急病院へ。無事に治療を終え戻ってきたのに、今度はトイレを我慢していた戸田くん。「トイレ、行って来たら?」と私。「いや、大丈夫です。」と戸田くん。「また我慢すると、今度は膀胱の神経を抜かれちゃうよ。そうなったら、オシメして仕事だよ。」と、恫喝する私。「それもいいですね。」と、戸田くん。10年後、彼の体に神経は残っているでしょうか。心配です。いや、本当に。

ディレクター中澤洋子

硬い髪質の日本男児のヘアが、すべて前方になびいています!
硬い髪質の日本男児のヘアが、
すべて前方になびいています!
ガリーさんと大嶋さんの髪も崩壊!
ガリーさんと大嶋さんの髪も崩壊!
第五話『湖水地方 〜大いなるカントリーサイド〜』

マン島を後にした我々が、次に向かったのは湖水地方。ピーターラビットの作者、ベアトリクス・ポターや詩人のワーズワースが愛し、ナショナルトラスト運動によって保護されてきた歴史を持つ自然の宝庫です。
ワーズワースの晩年は、ちょうど鉄道建設ラッシュの頃でした。湖水地方への観光客を目当てにした路線建設の計画があった際、鉄道建設の反対声明を新聞誌上に発表したのもワーズワース。以下、一部抜粋して紹介します。

「湖水地方を際立った存在にしている崇高な美を感じる能力は天与のものではなく、時間をかけて徐々に教養を身につける間にはぐくまれるものだ。だから無教養な下層階級の人々が、鉄道によってたやすく湖水地方に来ることができても、何の実質的利益もない。」

そう言うワーズワースさん、鉄道会社の株は持っていたらしいです。詩人は教養高き、ちゃっかり爺さんだったのかな?
というわけで、ワーズワースをはじめとした多くの人々の反対運動により、湖水地方にはほんの僅かしか鉄道が敷設されませんでした。湖水地方は別名カンブリア地方とも呼ばれるのですが、カンブリア半島を取り囲むように、沿岸部と内陸部にそれぞれ1本。そして、ウィンダミアまでの短い路線が1本しかありません。番組上は「湖水地方の車窓をご覧ください」と言う筈ですが、何と車窓からは湖がひとつも見えないことを予めご報告します。詐欺師!の声とともに石が飛んで来そうですが、ガイドブックにはない湖水地方の新たな一面を紹介できると自負しております。

特に印象に残ったのは、沿岸部の路線。海ギリギリのところに線路があって、日没の頃に乗車したので、夕陽に染まる海をいっぱい撮影できました。個人的には、乗客が地元の人ばかりという点も好きでした。しかも、垢抜けてない人ばかり。ジーンズは総じてケミカルウォッシュと言えば、その世界を想像できるかと思います。イギリスでは労働者階級と呼ばれる人々だと思うのですが、大都市の人からは感じられない素朴な暮らしの匂いがありました。車掌さんも、ピーター・セラーズに似ていて、味のある人だった。そして私にとっては、ノスタルジーを感じる土地でもありました。
私が生まれ育った岩手県の沿岸部は陸中海岸国立公園でもあるのですが、あまり観光客が来ません。そして子供の頃はそこしか知らないわけだから、さほど自然に有り難みを感じることがないのです。ここで出会った乗客の雰囲気からも、同じものを感じました。車窓には海あり、山あり、イギリスには珍しく変化に富んだ自然の表情が展開されます。でも誰も堪能していない。ヤングからは「こんな田舎、嫌だなあ。都会に出たいなあ。」というクサクサした空気さえ感じられる。でも、その気持ちが分かるのです。私もそうやって東京に出てきたクチで、実家のまわりにドッサリある自然の価値に気付いたのは30歳を過ぎてからのことだったから。なかなか人は、ワーズワースや宮沢賢治のようになれるものではありません。シミジミそんなことを考えた、湖水地方の旅でした。

ディレクター中澤洋子

沿岸部のレイヴングラス&エクスデイル鉄道で撮影中
沿岸部のレイヴングラス&
エクスデイル鉄道で撮影中
第六話 『カーライル 〜B&Bと魔の草〜』

カーライルは、交通の要衝の街です。鉄道もスコットランド方面、湖水地方方面、ニューカッスルやリーズ方面と、たくさん出ています。従って、我々はやたらとカーライルに宿泊することになりました。

『車窓』で紹介することはありませんが、旅の重要な要素に宿があります。今回はコーディネーターの大嶋さんが、その土地らしさが感じられる宿を随所に用意してくれたのですが、中でも印象に残ったのがカーライルのB&Bです。B&Bは宿主の家の一部を旅人に提供してくれる小規模な宿で、朝はお母さん手作りのイングリッシュブレックファストが味わえます。

宿代が高いことで知られるイギリスですが、ここは5000円ほどと格安でした。以前、ヨーロッパを旅した時もB&B(フランスだとシャンブルドット)に泊まったのですが、宿主の家族が旅の相談に乗ってくれたり、その家族を通じて土地の雰囲気が感じられるのが魅力でした。イギリスのB&Bは、何といっても朝食が素敵。以下は、イングリッシュブレックファストの基本ラインナップです。飲み物は紅茶かコーヒー、ジュース。お決まりは薄いトースト。卵はリクエストで、目玉焼き、スクランブルエッグなど。それから、ベーコン、ソーセージ、ベイクドトマト、マッシュルーム、ベイクドビーンズ。フルーツは、プルーンのコンポートやグレープフルーツ。ヨーグルトも付きます。

美味しいのでついつい食べ過ぎてしまうのですが、昼食いらずのボリューム。イギリスのおじさん、おばさんに太っている人が多いのも納得できます。ここでちょっと豆知識を披露。ベイクドビーンズは、大豆をトマト味に煮込んだものですが、日本人は敬遠しがちだと大嶋さんが教えてくれました。確かに、私も残すことが多かった。でもイギリスでは、納豆のようにトーストにのっけて食べたりするそうです。不思議。
グレープフルーツは一房づつ皮がむいてあって、手間が大変だなあと思ったら、自然に皮が剥ける薬剤のようなものがイギリスにはあるそう。欲しい!宿で仕入れた情報は、ロケの参考にもなります。カーライルが牛肉の生産地として名高い場所だと教えてくれたのも宿主でした。(そういえば、車窓にも牛がいっぱい見えた)
さっそく我々は、牛越しの列車の走行シーンを撮影することに。番組には反映されませんが、この撮影は思い出深いものになりました。『奴』がいたのです。『奴』の名はネトロ。触ると半日以上、痺れがとれない魔の草です。以前、フランスのブルターニュを旅した時、「まあ、青ジソみたい」と摘んでしまい、ひどい目にあったことがありました。実はカーライル以前にもネトロはそこら中に生えていて、何も知らない辻くんや戸田くんも被害者に。私は経験済みなので「むひひ。通過儀礼よ。」と涼しい顔をしていたのですが…。

列車の走行シーンの撮影ポイントというのは、辺鄙な場所が多いもの。従って、トイレもありません。その時も、木陰でこっそり用を足していました。そして、やられてしまったのです。お尻を。イギリスの子供は「ネトロには触っちゃダメよ」と厳しく躾けられるそうです。皆さんも、ヨーロッパを旅する際は気をつけてくださいね。『奴』は青ジソのような清楚な顔をした相当なワルです。

ディレクター中澤洋子

カーライルで泊まったB&BS
カーライルで泊まったB&BS
ザ・イングリッシュブレックファスト
ザ・イングリッシュブレックファスト
触らぬ「ネトロ」に祟りなし
触らぬ「ネトロ」に祟りなし
第7話 『ニューカッスル 〜空撮とショッピング〜』

大昔、ローマ軍が南から攻め入り、イングランドを征服していた時代がある。けれどそれに負けなかったのが、屈強なるスコットランド人。そして両者を分けるために作られたのが、イギリス版「万里の長城」の「ハドリアヌスの長城」である。
これは世界遺産にもなっていて、地図で見ると線路と交差しているところもあった。

ということで、カーライルからニューカッスルに至る路線に乗車することに。しかし長城とやらを下見に行って、思わずうなだれてしまった。羊を囲う石垣と区別がつかないのだ。すごいのを想像していたんだけど…。ニューカッスルは空撮の拠点でもあったので、ヘリ会社へ赴き、打ち合わせをする。これまで、あちこちで空撮をしたけれど、いちばん几帳面な印象。何せ上空に飛ぶスタッフそれぞれの体重まで調べられるのだから。一応センシティブな問題ということで、廊下で体重を計り自己申告することになった。本当はヘリに乗る時の装備に近いスタイルでと注意されたけれど。そこは誰も見ていない廊下。靴を脱いだり、肩掛けバッグを外したり、上着を脱いでいたら…。
コーディネーターの大島さん見つかってしまった。「中澤さんが体重をごまかしたせいで、ヘリが墜落したらどうするんですか!」と、全スタッフから注意される。己れのせこさに恥じ入る瞬間。

打ち合わせの時点で翌日は雨と告げられていたけれど、やっぱり雨降りだった。天気の不安定なイギリスで、果たして滞在中に空撮ができるだろうか?できないかもしれない…。ネガティブシンキングに陥るばかり。半日休みになっても、ちっとも嬉しくない。といって、部屋にこもってばかりいても仕方ないので、街へ出る。久々の単独行動。さほど大きな街ではないから、隅々まで歩いてしまった。
私にとって一番面白かったのは、マーケット。あまりお洒落でもないし、お年寄りしかいないけれど、暮らしの手触りが感じられて飽きない。仕事のペースでは発見できないことも色々ある。

まずは八百屋。根菜類が充実している。おそらくコールスローを作るのに便利なのだろう。葉がカチンカチンに詰まったキャベツが可愛い。何かとデザインがこってりしているイギリスで、これはお土産に最適と思ったのは、外食産業従事者のための衣料品。エプロンやキッチンクロスが。シンプルで安くて可愛い。この手の店はイギリス全土にあるので、見つけたらチェックしてみてください。エプロンは500円ぐらいキッチンクロスも200円ぐらいで買えます。

翌日はまあまあの天気。空撮決行!飛ぶ前はいつもドキドキするけれど、飛んでしまえば度胸が座るもの。しかし今回は読みが甘かった。あまりにも風が強い。寒い。
どう飛ぶとか、どう撮るとかいう前に、とにかく風と寒さに耐えるのが先になってしまった。着陸して撮影の辻君の顔を見たら、涙と鼻水で大変なことになっていた、忘れがたいほど、哀れを誘う顔だった。寒さを耐え切った達成感はあったけど、撮影としては…。反省しきり。

ディレクター中澤洋子

葉っぱが詰まった、コールスロー用のキャベツ
葉っぱが詰まった、コールスロー用のキャベツ
イギリスにも1ポンドショップがあり
イギリスにも1ポンドショップがあり
シンプルで可愛い業務用衣類の店
シンプルで可愛い業務用衣類の店
第八話 『スコットランド 〜動物使いとロマンチック幻想〜』

昭和40年代生まれの女子にとって、スコットランドといえば『キャンディ・キャンディ』。丘の上では王子様がキルトを着て、バグパイプを吹いているんじゃないか?フリルたっぷりのドレスを着た女の子がいるんじゃないか?かなり漫画に毒されているものの、私にとってスコットランドはかなり上位ランキングの憧れの場所だった。

スケジュール上、行けたのはグラスゴーとエジンバラのみ。う〜ん、ちょっとイメージとは違かったかな。けっこう、骨太がっちり系の人が多かった。新しいアートの北の発信地として知られるグラスゴーでは、アールヌーボーの旗手レニー・マッキントッシュが設計したアートスクールを撮影。
スコットランドの美大出身者といえばユアン・マクレガー。日本でもスピッツの草野マサムネ君のように、美大生というのは独特な繊細な空気を纏っているものと期待していたのですが。そんな素敵な人はいなかった。私の美大生幻想を辻&戸田に語っているうちに、はたと気付いた。この二人も美大出身だったことを。この後に及んで、美大生の現実を悟ったのでした。

次はエジンバラ。確かにお城があって、丘もある。でも予想以上に都会だった。丘に登って、街の全景を撮影したのですが、ロマンチックな気分どころか、あまりの急斜面にゼーゼー息切れ。でも、夕暮れのエジンバラの街は確かに美しかったです。キルトを着た男性にも、三人遭遇。どの人もプロレスラー並みのいかつい人だった。ここで豆知識。日本の着物のように、キルトを着用する時はパンツをはかないのが正式らしい。「僕達もキルトで撮影したいな」と、辻&戸田。キルト着用で牧場のゲートをまたいだり、車両の上に乗って撮影するつもりだろうか。なんて大胆。

スコットランドでは、列車の走行シーンの撮影が印象に残った。いつも『車窓』の撮影では、窓から見える風景の一歩先を紹介したいと心掛けている。スコットランドの場合、よく見かけたのは羊と馬。そこで、羊の丘をバックに列車の走行シーンを撮影することに。すると列車の通過と前後して、牧羊犬が羊を追い始めた。成りゆきで、その場面も撮影。牧場の人に頼んで、中に入っての撮影もOKになった。
すると一匹の羊が産気づいて。これまた成りゆきで、羊の出産シーンを克明に撮影できた。『世界の出産』という番組ではないので、ほんの一部しか紹介できないと思うのですが。う〜ん、意外な展開。次は馬と一緒に列車を撮影。
番組では、列車が羊や牛や馬とともにある風景が自然に見えるようになっていますが…。すいません。少し、操作しています。こういう場面で頼りになるのが、撮影助手の戸田君。今回も飼い主から人参を貰い、上手に馬を配置してくれました。はじめて車窓のロケに参加した彼ですが、動物使いとしては目を見張る成長ぶり。時に牛の大群に追いかけられ、時に羊に逃げられながら、研鑽を積む毎日を送っています。

ディレクター中澤洋子

動物操作の達人、戸田氏
動物操作の達人、戸田氏
スコットランドの馬はけっこう従順です
スコットランドの馬はけっこう従順です
馬に怯えるカメラマン、辻氏
馬に怯えるカメラマン、辻氏
第九話 『ヨークシャー地方 〜トレイン・スポッターとの出会い〜』

幾度も泊まったカーライルに別れを告げ、次はヨークシャー地方へ。
イングランドの背骨と呼ばれるペナイン山脈を越え、リーズへ向かいます。この路線は、21の陸橋と14のトンネルがある起伏に富んだルート。お天気もまあまあ良く、気持ちの良い乗車でした。イギリスのカントリーサイドとして日本で有名なのは湖水地方やコッツウォルズですが、ヨークシャーもなかなか味わい深い所です。変にいじくられてないところが、いい。列車に乗って、気に入った駅で降りて、ぶらぶら歩くのに最適な場所のように思います。
石造りの可愛らしいB&Bもけっこうあって、泊まってみるのも良さそうです。カーライル・リーズ間ではないけれど、ブロンテ姉妹で知られるハワースもヨークシャー。確かに、『嵐が丘』を彷佛とさせる世界です。「牧歌的」と一言でくくるには、ちょっと厳しい風土かもしれません。人気は感じられないし、風はビュービュー強いし。賑やかな所が好きな人には向かないかもしれませんが、ひっそりしたい気分の人にはお勧めです。

久々の垢抜けた都会リーズを後に、次に向かったのはヨーク。ところで、皆さんは『トレイン・スポッティング』という映画をご存知でしょうか?ユアン・マクレガー主演のなかなか面白い作品ですが、けして鉄道マニアが主人公の映画ではありません。そして我々はこの乗車で、はじめて『トレイン・スポッティング』の、真実の意味を知ることになりました。ヨーク行きの列車で、一人の若者がビデオを携え、路線図を広げている光景に遭遇しました。撮影の辻君が、突然『Are You Train Spotter?』と質問。『Yes』と答える彼。
でも、そもそもトレイン・スポッターって何?つたない英語を駆使して分かったのは、トレイン・スポッターとは、列車の車両番号を大量に確認するのが趣味の人。列車で出会ったジェイミー君も、まだ見ぬ車両番号との出会いを夢見て、遥かスコットランドのインヴァネスから、700キロも列車に乗っていると語っていました。その確認システムが、なかなか面白い。まず、5桁はある車両番号を咄嗟に覚えるのは難しいので、ビデオかボイスレコーダーで記録。次に、その筋の人には必携らしい『イギリス全土/車両番号リスト』のような本で、確認した車両番号と、その列車についての詳しい情報を照合。最終的には、新たに発見した番号をひたすらノートに記録。『今日だけで、100はいけるね』と彼は自信たっぷりに語っていたけれど…。そこにある達成感って、いったい何?

以来、我々はトレイン・スポッター談義で盛り上がることに。鉄道会社の人や、大島さんに聞いたところ、トレイン・スポッターは、イギリスでは広く知られる存在で、風変わりな人、退屈な人の代名詞としても使われるらしい。(たぶん、映画はそこをもじったのかな?)トレイン・スポッター達が「こんな番号、見ちゃったぜ」と、駅のビュッフェなどで自慢しあっている光景も時々見られると言う。でも笑ってしまったのは、我々が駅で撮影していると『ほら、トレイン・スポッターよ。』と、小声で指差されていたこと。きっと今までも言われていたんだろうなあ。車両番号を撮っている訳じゃないんだけれど…。

ディレクター中澤洋子

第十話 『ヨークシャーの海辺にて 〜ミルクティーとドラキュラ〜』

北海に臨むヨークシャー東部へやって来ました。毎日、重い鉛色の空。ここがドノヴァンやニック・ドレイクなど、蓄膿症系ミュージシャンの母国であることを実感させてくれます。

さて、旅の話。ノースヨークムーア国立公園の中にあるウィットビーという港町の魚市場で、競りの様子を撮影しました。魚といっても水揚げの殆どは、コッドやハドックと呼ばれるタラ類。ご存知、フィッシュ&チップスの材料になる魚です。日本の天麩羅感覚からすれば、イカや穴子も揚げればいいのに、なぜタラ?大嶋さんの話では、総じてイギリス人というのは味覚に対して保守的で、イカを食べるなんて気持ち悪いと思うのだそうです。もったいない…。
そんなタラづくしの港では、なかなか素敵な軽食スタンドを発見。朝の早いフィッシャーマンのために、ベーコンエッグサンドや紅茶を出していました。ティーバッグが主流のイギリスなのに、きちんと茶漉しを使い、しかも紙コップではなく真っ白い陶器の大きめマグカップでサーブされていました。ミルクティーがたっぷり入ったマグカップ片手に、競りに臨む海の男達。しびれる。

ウィットビーの近くでは、ノースヨークシャームーア鉄道という保存鉄道を撮影。この列車を一躍有名にしたのが、映画の『ハリー・ポッター』。魔法学校に入学するため、主人公が降り立つ駅のシーンが撮影されました。その影響は大きく、乗客の殆どは小さな子供を連れた家族連れ。子供とは、つくづく可愛いものです。みんな『ハリー・ポッター』の世界を探し求めて、車窓に釘付けなのです。大人は先々の心配をして、心ここにあらずのこともあるけど、子供は今見えているものに本当に素直。あの子も可愛い!この子も可愛い!ディレクター女史は、またもや男子クルーを酷使してしまいました。

沿線に魔法学校はありませんが、ウィットビーにはあの有名な『ドラキュラ』の舞台になった墓地があります。ふとそのことを撮影の辻君と助手の戸田君に教えてあげると…。二人の目がキラーン。ちょうどシトシト雨が降る、墓地日和。撮影を提案すると、みるみる喜色満面の爽やか青年に変身してしまいました。そして、『スペース・バンパイア』という映画は最高だったとか、ドラキュラについて饒舌に語り始めたのです。私といえば、そんな二人の興奮ぶりに、キョトン。なぜそんなにも吸血鬼にグッとくるのか、よく分からないのです。
思えば我々は、寄せ集めの3人。育ちも違えば、趣味嗜好も違う取り合わせで、1ヶ月ちかく異国の地を旅してきました。これまでの撮影日記からも分かるように、しょっちゅう男子VS女子の抗争劇を繰り返しています。でも、私がドラキュラに燃える二人に対して理解不能なように、二人にとっても私の感覚は不可解に映るようです。「可愛いって…、何すか?」と真面目に質問されたこともあります。こんなにも感覚を共有するのが難しい者同士なのに、撮影は順調です。お互いの培ってきた文化の違いが新鮮なのかな?
ちなみに墓地を撮影中の二人ですが。『呪われちゃったら、どうしよう』とか言いながらも、幸福感に満ち溢れていました。

ディレクター中澤洋子

ウキウキ墓地を闊歩する二人。
ウキウキ墓地を闊歩する二人。
助手の戸田君、震えるハートで撮影に挑戦。
助手の戸田君、震えるハートで撮影に挑戦。
辻智彦氏は、なかなか腰の低い男。
辻智彦氏は、なかなか腰の低い男。
第十一話 『再びロンドンへ 〜イギリス・旅の終わり〜』

リーズからバーミングガムを経由して、ロンドンに戻って来ました。この路線はイギリスでも有数の大都市を結ぶ路線。従って客層も、急に垢抜けた印象になりました。しかも今回は、イギリスのカントリーサイドを巡るのが旅のテーマだったので、我々が慣れ親しんでいたのは牛や羊。久々のおしゃれな乗客の姿に、田舎から上京する時のように人々が眩しく感じられました。

終わってみれば、今回も濃い旅でした。車窓の撮影要素というのは、車窓、車内、列車の走行シーン、沿線の4つが基本です。この4つのアイテムの撮影を、日々繰り返す訳です。よく優雅な列車の旅をしているように思われますが、やはりそこは仕事。ナチュラルな旅とは違います。だいたい誰が旅行に行って落ち着いて席に座ることなく、重い連結部分の扉を開けたり閉めたりしながら、『いい人いないかな』と、列車の中を徘徊するでしょう。冷たい雨の中、来ない列車の通過を待つでしょう。

でも、そんな基本4パターンの繰り返しの中から、確かにその国が見えてくるのです。今回のイギリスでつくづく感じたのは、この国の人達のサッカー熱です。普段着に贔屓のチームや代表のユニフォームを着ている人が何と多いことか。一番はじけているイギリス人の撮影ができたのも、パブ観戦だったように思います。天気の影響なのかな?本当にイギリスって、悪天候の時は陰鬱。じっとしていると押しつぶされそうな気分になります。サッカーではじけて、バランスをとっているのかもしれません。話は飛ぶけれど、以前イギリスの植民地だったガーナに『車窓』のロケで行ったことがあります。その時は、イギリス人は随分この純朴の人達を搾取したものだと思ったのですが…。その富はごく一部の貴族と呼ばれる人のところに集中していたようです。何せ列車に乗っているのは、殆どが労働者階級。父ちゃんは刺青入り、子供は騒ぎたい放題という図もけっこうありました。先祖代々、アフリカ産のバナナを食べたりしているだろうけど、頭は日々の生活のやりくりやサッカーのことで一杯なんじゃないかなあ。

ガイドブックを頼りにイギリスを旅したら、それこそ貴族や王族の遺産にたくさん出会うことになると思います。でも列車に乗っているのは、今を生きるごく普通の人々。異国の列車に乗ることがあったら、ぜひ皆さんも車両の端から端までを三往復ぐらいしてみてください。その国の人々の暮らしの営みを垣間見ることができると思います。(ついでに『車窓』のディレクターの気分も味わえます)さて、貴族の人に会うことはなかったけれど、ごくたまにお屋敷を改装したホテルに泊まりました。これがまた豪華というか、何か出そうというか。オカルトで有名なイギリスだけど、大きなお屋敷では実際に幽霊が出るらしいです。死んでまで残る思いって、何でしょう?
お金や地位のある人生も大変そうです。(ちなみに心配性の私と辻君は、『車窓』のロケになると毎回、列車の夢でうなされます。地面が裂けて、列車が地の底に落ちたり。乗客が全て日本の友人だったり。)

ここ数年、一年に一度のペースで『車窓』のロケに出ています。行きたい国の希望を聞かれることはありません。ある日突然、岡部プロデューサーに『イギリス』とか言われるのです。それはもう、ダーツの矢のごとく。年々、成り行きの力の大きさを感じているので、ほいほい行きます。そして毎度、日々の天気や、列車が来るとか来ないとかに、一喜一憂する毎日を送るのです。大人なのに。
来年もダーツの矢は飛ぶでしょうか?運命の鍵を握るのは、私じゃないことは確かです。

ディレクター中澤洋子

座席の間から顔を覗かせる男の子。
座席の間から顔を覗かせる男の子。
ランチはほとんど、サンドイッチ。
ランチはほとんど、サンドイッチ。
フィッシュ&チップスも美味しいです。
フィッシュ&チップスも美味しいです。
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ペルー篇撮影日誌
ペルー編の撮影日誌が、狩野ディレクターから届きました!
スペイン・ポルトガル篇撮影日誌
スペイン・ポルトガル編の撮影日誌が、中村ディレクターから届きました!