2011年8月14日放送

■誰も知らない「玉音放送」〜“日本のいちばん長い日”の真実〜
今から66年前の8月14日。日本の歴史上、最も有名なラジオ番組が録音された。
昭和天皇自ら、太平洋戦争の終結を国民に直接語りかけた「玉音放送」である。
降伏に際して、天皇自ら、「必要であれば自身が国民へ語りかける」と提案し、
マイクの前に立って「終戦の詔書」読み上げたという。
しかし、ほとんどの国民は、雑音のため内容をほとんど聞き取れず、
「耐エガタキヲ耐エ忍ビガタキヲ忍ビ」という一節しか知らない。
“誰も知らない”玉音放送に秘められたドラマと天皇が込めたその真意とは?


幻の音源発見!日米ピース・トーク

実は、玉音放送に至るまで、その裏には生々しい日米和平交渉があった。
交戦中で断絶状態だった両国が取った交渉手段は、短波ラジオを使った接触であった。
米国立公文書館で発見された「アメリカの声(VOA)」の録音盤、"ザカライアス放送"
の電波は海を超えて和平を呼びかける。
「無条件降伏が国家を保存する唯一の方法、けっして日本国民の全滅を意味しない。」
一方、それに答える日本の海外放送の傍受記録「PEACE TALK」の驚くべき内容。
「私たちは世界平和と人類の利益のために互いに手を結びたいのです!」
水面下で行われていた日米和平交渉の全貌を公開する。


全公開!玉音放送9種類の草案

しかし、日本国民に敗戦の事実を知らせる「終戦の詔書」(玉音放送の原稿)の起草は
命懸けの仕事だった。起草責任者の迫水久常書記官長の家族によれば、
常に青酸カリを懐に忍ばせて、軍に襲われた場合は自決する覚悟だった」という。
番組では総理府国立公文書館などに眠る9種類の「終戦の詔書」草案を発見、そこには、
45箇所ものすさまじい加筆や訂正の痕跡が残されていた。一体誰が「惨虐なる新兵
器」、すなわち原子爆弾に言及し、「人類文明が滅却」と警鐘を鳴らしたのか?
「萬世の為に太平を開かんと欲す」と恒久平和の祈りを入れた意外な人物とは?


独占証言!反乱軍vs玉音放送録音班

8月14日、皇居の地下壕で開かれた最後の御前会議で天皇は静かに語りかけた。
「自分の身はどうなってもよいから、国民の命を助けたいと思う。
私が直接、国民に呼びかけるのが一番よい方法なら、いつでもマイクの前に立つ!」
しかし、深夜11時50分、玉音放送の録音が終了した直後、緊急事態が発生する。
「玉音放送を奪取せよ!本土決戦だ!」 8月15日未明、日本の降伏を阻止するため、
録音盤奪取を企てた反乱軍がクーデターを起こし皇居を占拠した。
「天皇の声」をめぐって対立した反乱軍兵士と録音技師が「その瞬間」を証言する。


検証!史上初の「非核平和宣言」

夜明け前、東部軍司令官が反乱軍を鎮圧してクーデター事件は失敗に終わる。
しかし、翌15日正午に無事放送された「終戦の詔書」を全部聞き取れた人は少ない。
玉音放送の重要部分を現代語訳するとこうなる。
「原爆は無辜の民を殺傷し、その惨害は計測もできないほどだ。
それは、日本民族の滅亡を招くのみならず、人類文明をも破壊し尽くすものである。」
それは、唯一の被爆国であるがゆえに全世界に発信しえた、
人類史上初めての「非核平和宣言」でもあったのだ!


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