ディレクターズアイ


■「殉職 ~黒木昭雄 自殺の真相~」 取材後記

ジャーナリスト:黒木昭雄氏が、文字通り命をかけて追い続けた、岩手少女殺害事件。この事件に関する取材後記を書く資格があるのは、やはり黒木氏だけだろう。なぜなら、真の取材者は黒木昭雄氏ただ一人であり、私は黒木氏の情報をもとに再取材したに過ぎないからだ。まず、そのことに触れておきたい。
私は、黒木氏の足取りをたどる取材を通じて感じたことを、取材後記にしたいと思う。
それは"ジャーナリズム"とは何か、ということ。
黒木氏の長年の友人である「週刊朝日」山口編集長は、うなだれながらこう語った。「職業としてのジャーナリストを考えたら、"これを取材して原稿料いくらもらえるか"というところでみんな暮らしている。みんなどっかで"計算"している。でも黒木さんはできなかった。それは黒木さんの正義感であり彼のよさであり、純粋なところなんですけど。あえて、あえてきつい言葉でいうとそれがジャーナリストなのか、とういことですよね。悔しいですけどね…。」と。山口編集長は、"職業ジャーナリスト"としては"不器用"だった黒木氏の死に唇をかんでいた。
 身銭を切り借金までして、警察の怠慢捜査を追及しつづけた黒木氏―。
潤沢な資金がありながら取材もせず、警察発表をそのまま流し続けたマスメディア―。

私はどちらだろう。収入のあてもなく岩手三陸の地で、120日以上にも渡る取材を行うことができるだろうか…。否、できない。私もやはりどこかで"計算"している。
 黒木氏は2009年7月16日のブログでこう綴っている。
 「おかしいと思ったら捜査する。おかしいと思ったら取材する。それが警察とマスコミの習性のはず。それなのに、この事件に限定していうと、その、大切な両者が、まるで共同歩調をとるように動きを止めているのです。」

 果たして、"この事件に限定して"のことだろうか。

ディレクター 稲垣綾子

■「看護師爪切り事件」取材後記


看護師・上田里美さんが「患者の爪をはいだ」として逮捕されたのは、2007年7月。
それから9ヵ月後、スクープの取材に対し、上田さんは初めてインタビューに応じる決心をする。
「爪をはいだりなんかしていない。ケアとして爪を切っただけだった。」
上田さんの涙の告白から、私たちの本当の取材が始まった。

上田さんの元に通いつづけ、上田さんは次第に心を開いてくれるようになった。
被告としての心の変化を読み解こうと、季節ごとに何度も何度もインタビューをした。

上田さんは、2つのことに話が及ぶと、いつも涙をこらえることが出来なくなった。

1つは、こう留中の話。

何を言っても、捜査員に聞き入れてもらえないという絶望感―
虐待なんてしていないのに、つらい取り調べから抜け出したいと、自白調書にサインをしてしまった後悔―

もう1つは、家族の話。

2人の子供たちが、母のことを信じて、ちゃんと学校に通ってくれていたこと―
夫が、家のことは心配するなと支えてくれたこと―

上田さんの心からの叫びは、私たちの胸にも響いた。

取材を進めていくうちに手にした、上田さんの自白調書。
そこに綴られているおぞましい文言を初めて見たとき、私は自分の目を疑った。
上田さんの口から幾度となく聞いた話とは、まったく違う文章が書かれていたのだ。

取調べの問題が、今、クローズアップされているが、ここでも、捜査当局の描いたストーリーに誘導しようとする意志をはっきりと感じた。
上田さんの無罪主張とは正反対の調書を、捜査当局は作成していたのだ。

去年9月の2審判決。
無罪を言い渡す前に、裁判長はやさしく上田さんに「証言台に立たなくて、座ったまま聞いていいですよ」と告げた。その瞬間、私は「上田さんの名誉回復のために、真実を広く伝えなければ」という思いでいっぱいになっていた。

無罪は確定したが、病院との民事訴訟や、市の虐待認定取り消しを求めた闘いはまだまだ続く。

しかし、看護師を続けられる喜びで、上田さんは、強く前に進んでいるように思う。


ディレクター:西村香織(九州朝日放送)

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