愛媛県新居浜市、瀬戸内海に浮かぶ大島が舞台です。主人公は去年10月に『春香鮮魚店』をオープンさせた南向千春さん(61歳)です。店には、千春さんが毎朝競り落としてくる魚を求め、島の人たちが次々とやってきます。海の幸に恵まれた島なのに多くの島民が鮮魚店を訪れる。その理由は、大島には市場が無く、大島の漁師は魚介類を競りが行われる本土の新居浜市へ水揚げするからです。大島の漁業協同組合に勤めていた千春さんは、島の人たちの「新鮮な魚が食べたい」という気持ちに応えたいと、定年退職後に『春香鮮魚店』を開きました。千春さんの温かい人柄もあって店はいつも大にぎわいです。春の瀬戸内から、心も体も温まる『春香鮮魚店』のお話を紹介します。
千春さんの1日は早朝の競りから始まります。漁協の書記係として、18年間 競りに参加していましたが、仲買人としてはまだまだ新米。ベテランの仲買人を相手に競り落とすことは難しいようです。それでも大島の人たちの好物であるゲタ(舌平目)の順番が来ると、強気に値段を付けて3箱競り落としました。その後は調子を上げて瀬戸内の新鮮な魚をたくさん仕入れました。フェリーに乗って、鮮魚を待ちわびている人たちが待ち受ける大島へ向かいます。
『春香鮮魚店』は午前8時にオープン。開店するや否や、次々と島の人たちがやって来ます。千春さんは新鮮な魚をすぐに食べられるようにと、購入後に魚のウロコをとりさばきます。時には魚を配達します。高齢者の多い大島では千春さんの配達がとても助かっています。開店から2時間、ゲタは売り切れました。島の人たちの喜ぶ姿が、千春さんのやりがいです。
店が落ち着くと千春さんは外出します。向かった先はスイス人のジャック・マニャンさんが営むパン店。マニャンさんはジュエリー細工師で、妻のゑつこさんは画家でもあります。二人は3年前に神奈川から移住してきました。マニャンさんが焼くのは本場スイスのパン。大島で焼きたてのパンが食べられるとは思っていなかった千春さんも大喜びです。最初は自分たちのために窯を作り焼き始めたパンですが、島の人たちの「パンを食べたい!」という気持ちに応え、店を開きました。「大島を元気にしたい」マニャンさんも千春さんも願いは同じです。
『春香鮮魚店』開店から5カ月。千春さんは応援してくれた島の人たちを招待し、感謝会を開きました。そしてその会に、兄・貴美男さん夫婦も招きました。鮮魚店の店主としての姿を見てほしかったのです。島の人たちに必要とされ、親しまれている千春さんを見て兄の貴美男さんは感激。「父親が生きていたら喜ぶ」と言われ、千春さんの胸も熱くなりました。父、一友さんは去年末、100歳で亡くなりました。大島で開店した『春香鮮魚店』を見ることはありませんでした。千春さんの奮闘ぶりを、きっとご両親は見守ってくれています。