vol.4
グラナダの空気は薄かった・・・ < Reported by 田畑祐一 >
 

標高2320メートル。

北海道大雪山系の最高峰、旭岳よりも高く、富士山の五合目とほぼ同じ高さにそのプールはあった。
陸上の長距離界ではすでにおなじみの「高地トレーニング」も、水泳界にとっては簡単に取り組める環境ではなかった。
と言うのも、何よりそんな高いところにあるプールの数が、
世界中にもそうそう有るものではないのだから・・・

今回の合宿地、スペイン、グラナダのシェラネバダにある「国立トレーニングセンター」
のプールは、標高2320メートルと言う、およそ普通では体験できない高さに作られており、来年の世界水泳(バルセロナ)、
再来年のオリンピック(アテネ)の前線基地としても世界中から脚光を浴びている今もっとも旬な場所なのだ。

ここでトレーニングをしているのは、水泳選手だけではない。
同じ時期に同施設を利用していたのは、ポルトガルの陸上選手。ハンドボールのスペインユース代表。
サッカースペインリーグの下部チーム。ヨーロッパ各地から集まった自転車競技選手など、
多競技にわたるアスリートたちがここで「あえいで」いた。

勿論ここでトレーニングを積む選手たちの目的は「心肺機能の強化」
空気の薄い高地でトレーニングを積むことで、酸素を体中に運ぶ役割を持っている血液中のヘモグロビンの数が自然に増えてくる。
それによって、一回の呼吸による酸素摂取量が増えることになる。筋肉中のエネルギーを燃焼させたり、筋肉中に溜まった疲労物質を取り除いたりするのが酸素の働きなので、高地で、平地と同じような運動が出来るようになれば、平地に降りた時に今まで以上の能力を発揮することが出来る。
このページをご覧の皆様には「釈迦に説法」かもしれないが、高地トレーニングの最大の目的はここにあるのだ。

我らが日本代表チームも、今までに体験したことの無い高さの中で、空気を求めて肺を思い切り膨らませ、少しでも酸素を取り込もうと必死になっていた。
その中でも一際大きく胸を膨らませていたのが、世界記録に一番近い男、「Mr.有言実行」平泳ぎの北島康介だった。

北島はシドニーオリンピックで4位。世界水泳で銅メダルを取り、着実に世界一への階段を上りつづけているが、
先の日本選手権では世界記録まで後「0秒48」まで近づき、いよいよパンパシでは表彰台の頂点に上がるのか…と、
大きな期待を寄せられている。いつも自分を鼓舞するかのように大きな目標を宣言し、そして見事に実行してきたが、
今回の「有言」は「目指せ!世界ナンバーワン」とテレビのCMでも言っているように、ついに優勝宣言が飛び出した。

しかし、「あれはテレビ向けに、サービスで言ってるんじゃないの?」と穿った見方をしている方も居るように、
北島自身の口から初めて飛び出した「世界一宣言」。
果たして本心からの言葉なのか?私も今回の合宿でそこをきちんと聞いてみたかった。

去年の10月から国立西ケ丘競技場のトレーニングセンターで本格的な筋力アップに取り組んでいた北島の体は、
去年の世界水泳に比べて二回りほど大きくなったように見えた。
「大きく胸を膨らませていた」のではなく、胸そのものが大きくなっていたのだ。(笑)

私たちが合宿を訪れたのは、第一クールから第二クールに入ろうとするところで、高度順応のための練習から、
いよいよ本格的な追い込みに入るところだった。
北島の練習タイムを見ると、コーチの設定しているタイムよりかなり良い。高地トレーニングの成果は順調のようだ。
「こちらに来る前は調子が悪くて、大丈夫かなぁ?って思うくらい、今までで最低の体調でしたが、こちらに来たら頑張れるんだろうな、と思っていました。チームの皆と良いムードで来られて、練習にも集中できて、だいぶ調子も上がってきています。」
見ているだけで息苦しくなるような練習をこなした後で、北島は今の調子にまんざらでもない様子で話をしてくれた。

北島自身、今回で8回目となる高地トレーニング。以前は長距離陣しか行わなかったと言われる高地トレーニングをいち早く取り入れ、短距離でも結果が出ることを証明してきた。
上野ヘッドコーチが
「今の選手の中で、自分を追い込める強い精神力を持っているのは、バタフライの山本(貴司)と、(北島)康介が1・2を争いますね。」と言う。
自分を強くするためには貪欲にいろいろなトレーニングに取り組み、持久力を求めるために高地トレーニングを。瞬発力を手に入れるために筋力アップを目指した肉体改造を図るなど、まだ19歳の若者がどこまでの高見を望んでいるのか、想像も出来ない。

「楽しいですね。記録も伸びているし。こういうところに来られて、きついトレーニングをしているのも、水泳をやっているおかげですから。」
どんなに辛いトレーニングも、北島にとっては「楽しい」ものになってしまうようだ。
そして肝心の「世界ナンバーワン宣言」に関して質問をすると、「僕はいいんですけど、おかん(母親)がメチャ心配してます(笑)。『あんた大丈夫なの?お母さん寝込んじゃうよ』って。」と、また自信に裏打ちされたような笑顔で答えてくれた。

北島は100・200の両方で「自己記録更新」が目標だと言っている。特に200メートルで自己記録更新となれば、そこには「世界新記録」までもが視野に入ってくるのだ。
「日本選手権で良い記録が出たので、200では世界記録というのも頭に入れて練習していますし、100ではここの所納得いく記録が出ていないので、1分を切るというのを目標にしています。パンパシでどれくらい近づけるか判りませんけど、頑張っていきたいなと思ってます。ただ、自己ベストを出しても4位じゃ情けないし…やっぱり優勝して世界記録出して。正直に言うと、それはありますね。」

北島選手と三木選手

「世界ナンバーワン」宣言は、間違いなく北島自身の「正直な気持ち」だった。
北島の最大の目標はオリンピックの金メダルであり、今回はそれに繋がるいいステップにしたいとも言っていた。
後2年と言う期間を考えれば、今回のパンパシで全てを判断してしまう必要も無いし、世界記録が出なくても優勝できなくても、
それで全てが終ってしまうわけではない。
しかし、「有言実行」の男としては、きっと何らかの結果を見せてくれるに違いない。決してプレッシャーを掛けるわけではないが、
心配してくれている「おかん」の為にも、北島は「実行」の部分をきちんと完結してくれるだろう。

去年の世界水泳で、私は北島の銅メダルを実況した。
「北島康介、銅メダル!大和魂炸裂!」と絶叫したのが未だに鮮明に記憶に残っている。
果たして今回のパンパシで、私にどんな実況をさせてくれるのだろうか?
「北島康介、世界ナンバーワン!」「有言実行、世界新記録!」
今から、たくさんのコメントを用意しておこうか・・・
  
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