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Vol.76  「新年のチョコバナナ」  (2005/01/05)

年の瀬に、沁み入るような映画と音楽に出会いました。
新年早々、振り返るのも妙なのですが…。

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「ビフォア・サンセット」の試写会にて。
全篇のほとんどが男女の会話で進められていく中で、はっとする瞬間が多々あった。
中でも忘れられないのは、彼女が幼い頃を語る場面である。

遅刻ばかりしていた娘を心配した母親が、こっそりと登校中の後をつけてみたら、
路にかがみこんで、何時間もアリの行列を見ていたのだという。
「彼らを見届けることが私の全てだったの」と彼女は言った。
「もちろん、そんな奇妙なこと、まかり通るわけないと今では理解しているけどね」
決まった時間に学校に行くこと。
溢れる好奇心は、きちんと時間軸に閉じ込めなければならない。
私も昔、朝顔が開く瞬間がどうしても見たくて、植木鉢の前でずっとしゃがんでいたことがある。
「腰が痛くなるよ」「ご飯が出来るよ」と、度々母に声をかけられた。
だが、決してそれを「奇妙なことだ」とは咎められなかった。
私にとっての、とても好きなこと。

ライブにも出かけた。
老舗のロック喫茶にて、食事をしながらの温かなステージ。
いいなぁ。
音楽って、いいなぁ。
自由に歌っていて、いいなぁ。
ステージでは、ヴォーカリストが目を閉じて、あんなにも気持ちを解放している。
同じ空間にいられることが嬉しくもあり、
誰にも臆することなく創り出される旋律の波が、少し羨ましくもあった。
ウーロン茶の染みたコースターの文字が、ぼんやりと滲んでいく。
溶け出す氷の音まで心地良い。
歌い手にとっても、とても好きなこと。

世の中に照準を合わせていると、時として、好きなことを「好きだ」と言えなくなってくる。
「それはおかしい」と言われることが、恐いのだろうか。
だが、いつしか、言えない理由を周りのせいにはしていないだろうか。


2005年。
元日の夕方、線路沿いを歩いた。
道中、何度か初詣を試みたものの、
長蛇の列に断念し、露店でチョコバナナを買って神社を後にした。
冷え切った体が求めていたのは甘酒だった。
だが、幼い頃いつも「お腹を壊すから」という理由で食べさせてもらえなかったチョコバナナは
自分にとっての特別な食べ物で、
出会えた懐かしさと嬉しさから、震えながらもぐもぐとほおばった。
数十年来の夢、叶いたり。
その後も、手足の冷えに耐えながら、1時間以上歩いた。

どこかの家の中から、テレビの音が聞こえてくる。
今夜は何を食べようか、とぼんやり考える。
新しい一年は、いつも通りに始まった。

年の初めの、チョコバナナ。
私が寒いだけなら、いい。
もし、誰かが寒そうにしていたら、一緒に甘酒を飲むだろう。

私の好きなことと、みんなの好きなこと。
その違いを、笑うでも怯えるでもなく。
季節、状況、色々なこと。
きちんと見据えて、日々を生きたい。

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今年も、どうぞよろしくお願い致します。


2005年1月5日
村上 祐子
   
 
 
    
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