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Vol.65  「ありとはと」  (2004/05/05)

実家の押入れには、数々のダンボール箱が眠っている。
その中には小学生の頃の文集や、描いた絵や、受けたテストが保管されている。
それらの玉手箱はたまの大掃除で気分転換代わりに紐解かれ、たちまち記憶は十数年前に遡る。
作業上極めて非効率的な行為だが、こうやって何時間もかけて大掃除をするのが好きだ。
 
その日も同様だった。
手にしたテストの束を見て、妹がふいに声を上げる。
 
「この時に書いた答え、覚えてる…」
 
見ると、小学3年生の時の国語のテストだった。

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【ありとはと】(イソップ物語)

ありが、いけにおちて、おぼれかけました。
はとは、はっぱをいちまい、おとしてやりました。
ありは、やっとはっぱに、つかまりました。
「はとさん、ありがとう」

こんどは、はとが、りょうしに、つかまりそうになりました。
ありは、いそいで、りょうしのあしを、かみました。
はとは、そのすきに、とんでいきました。
「ありさん、ありがとう」

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テスト用紙をめくると、裏にも問題が印刷されている。

【自由問題】
はとがありを助けた後のおはなしを、こんどはあなたが考えてみましょう。

正誤を意識せず、仕切りのない解答欄に子どもたちの自由な発想力が描かれる…はずであった。
だが、母と私は、当時の妹の発想力に目を疑った。

【あなたの答え】
はとがりょうしにつかまりそうになったけれど、ありはそのばしょをそのままとおりすぎました。
はとはりょうしにつかまってしまいました。

答案用紙には「×」ではなく、「?」とある。

「ひどい!残酷すぎる!」

騒ぎ立てる母と私に、妹は静かに答えた。

「ありには、はとを助けて欲しかった。でもね、言いたかったのは、中には助けないありだっているよってことなの」

世の中には、色々な人がいる。
だから、悲しいけれど、こういう結末だって現実には起こり得る。
誰もがハッピーエンドを望んでいる。だが、そうならないこともある。
自分の力だけではどうにもならないこと。
傷つけられること。そのつもりはなくても、結果的に傷つけてしまうこと。
妹のシナリオのように、素通りしてしまうこと。

「最後には助けなかったけれど、ありにも、何か理由があったのかもしれないしね」

それにしても、小学3年生でそんなことを考えるだろうか。
現実を知るには、あまりにも早くはないだろうか。
ましてやその厳しさを理解した上で、敢えて提示するなんて。
しかし、妹は「わかっていた」と言う。
楽しい結末にすることも出来た。
でも、「そうじゃないこともある」ということを書きたかったのだそうだ。

母は、当時「なんでこんなことを書くの!」と呆れたという。
妹が「○をもらえるように、ありがはとを助ければ良かったの?」と聞いたら
「当たり前でしょう」と答えたというやりとりまで、彼女は鮮明に覚えていた。

「おかしいなあ、私、そんなに大人気ないこと言ったかしら?」

きまり悪そうに母が照れ笑いする。
私たちは、顔を見合わせた。

「子どもは、小さな大人だね」
   
 
 
    
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