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Vol.37  「ベランダ」  (2003/06/03)

そう呼ぶにはあまりにも小さな空間。
雨ざらしのつっかけは、船着場のボートみたいにそこにある。
眼下には、人もまばらな細い路地。
私はほぼ毎日、その場所に出る。

凝視するわけでもなく、一瞥するわけでもなく。 
ただただ、ここから眺めているだけ。
目に映るものを、自分の感覚で処理できるのでほっとするのだろう。 

コンビニの小さな袋を両手に提げた学生。
温めたお弁当と、冷たいペットボトルでも買ったのだろうか。  

腕を組んで歩く夫婦。
サンダルを引きずる音が、マンションのエントランスへと消えていった。
 
汐が満ちるように、そうっと夕闇が訪れる。
私もそろそろ部屋に戻ろう。 

日没後の洗濯物は、たいてい少し湿っている。
慌てて取り込もうとベランダに出たら、さっきはしなかったカレーの匂いがした。
あぁ、そうか。
あの夫婦は、お隣さんだったんだ。

たぶん、幸せってこんな匂いなのだろう。
   
 
 
    
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