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Vol.18 「マハムッド」
(2003/02/10) |
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3年前のこの時期、エジプトを旅していた。
カイロ市内からバスで十数時間。
西方砂漠に滞在し、何日か自給自足の生活をした。
私と、友達と、現地の案内人。
ぼろぼろの四駆で砂漠を回り、オアシスで薪と食糧を調達する。
走っても走っても、同じ景色。
荷台に腰掛けて、時間ごとに変わる砂の色ばかり見ていた。
彼の名前は「マハムッド」といった。
見知らぬ土地、言葉も通じない中でのキャンプは不安だったが、
砂嵐に目が慣れる頃には、私たちは笑って
言葉を交わすようになった。
“What's your name ?”
片言の英語は、風が強いせいもあってなかなか聞きとれない。
“Yuko.”
“Yuko means Batta in Egypt.”
“Batta? What do you mean ?”
友達は「アリ」で、私は「バッタ」。
マハムッドが「アリとキリギリス」の話を知っていたとは
到底思えないが、
薪もろくに割れず、仕事の出来ない私にはぴったりの愛称だった。
日が沈むと薪をくべ、食事の後は、火の周りで歌う。
星の光は強く、上白糖を空に撒いたような夜だった。
“Batta, fox ! fox !”
いつの間にか私は眠っていた。
夜中に現れるキツネの親子を見せようと、
マハムッドは夜ごと起きていたという。
後になって、アリからそのことを聞いた。
数日後。
砂嵐で消えたはずの軌跡を辿り、
ぼろぼろの四駆は出発地へと戻って来た。
カイロ行きの大型バスが、既に私たちを待っている。
バックパックの砂を掃っていると、
待機していた案内人の一人が話しかけてきた。
“You've given baksheesh for his help ?”
(お前たちは、マハムッドにバクシーシをやったのか?)
あぁ、そうだった。
今までこの国では、いつもバクシーシを渡していたのに。
どうしてマハムッドには、それを忘れていたのか。
そして、マハムッドもまた、私達にバクシーシを
求めなかったのか。
“I'll keep it for him, so give me baksheesh !”
(彼に渡しといてやる。だから、俺に早くバクシーシをよこせ。)
出発直前だった。
私は急いでマハムッドの元へ駆け寄り、
大声で”Baksheesh !”と告げた。
彼は、静かに笑っているだけだった。
財布からお金を出したが、何故か渡すことが出来なかった。
マハムッドは、本当はバクシーシが欲しかったのかもしれない。
恥ずかしくて言えなかったのかもしれない。
本当のことは、今でもよく分からない。
あの国の近くで起きているニュースを聞く度、
別れ際のマハムッドを思い出す。
去り行く私は、彼にとってスコールだったのだろうか。
(※バクシーシ…イスラムの文化で、お金を持っている人が、
貧しい人に喜捨をすること。また、それを求める行為。) |
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