「結婚しようと思う」
腰掛けるなり、彼女はさらりと言った。
さっき、カウンターで「カフェモカください」と言った時と、何ら変わらない口調で。
同期の河野明子が結婚した。
「え?え?誰と?」
中日ドラゴンズの、井端弘和選手。
「仕事は?」
3月いっぱいで、寿退社する。
動揺する私。静かに笑う河野。思えば9年間、ずっとこんな感じだった。
同期アナウンサーのタイプは総じて違うものだが、我々の場合は殊更だった。
ラクロス日本代表選手でアスリートの河野。思い切りインドア派の私。
甲子園でリポートした新人時代。
球場内に河野の姿が見えず、おろおろして電話すると
「時間が空いたから、バッティングセンターでフルスイングしてた」。
炎天下で倒れそうな私に、
「祐子もどう?スッキリするよ!」「…いや、遠慮しとくね」 |
球児たちさながらに、日焼けしました |
新人研修の最終日。
スタジオでニュースを読み終え、アナウンス部で先輩達からの講評と激励の中、
自然と涙が込み上げる。だが、彼女は黙っていた。
疲れた、お腹すいた、着回すスーツが足りない…。
何がなくとも化粧室に行き、二人であれこれ話すのが常だった。
その日、彼女は洗面台の前に立つや堰を切ったように泣き出した。
ハンカチをおずおずと差し出すと、しゃくりあげながらこう言った。
「悔しい」
満足いくニュースが読めなくて、悔しい。
お疲れ様と言われ、安心し、涙した自分。
ましてや終っていないし、始まってさえもいなかった。 |
同期3人と
安西君は、現在は報道局で活躍しています |
「明ちゃん」
いつからか、お互いを画面で見ることの方が多くなった。
「幸せ?」
「…うん」
ぽっと頬を赤らめる河野なんて、今まで見たことない。
「あ、そろそろ戻らなきゃ」
晴れた夕。
西日が束ねられ、彼女の背中を押す。
職場へと向かう、スカートがひらひらと揺れている。 |
2001年夏、アルプススタンドにて
同じ場所での共演は、この時が最後だったかもしれません |
(「日刊ゲンダイ 週末版」3月16日発刊) |