前の記事を読む

次の記事を読む  

 
 

Vol.77 「同期」(2009/03/16)

「結婚しようと思う」

腰掛けるなり、彼女はさらりと言った。
さっき、カウンターで「カフェモカください」と言った時と、何ら変わらない口調で。
同期の河野明子が結婚した。
「え?え?誰と?」
中日ドラゴンズの、井端弘和選手。
「仕事は?」
3月いっぱいで、寿退社する。
動揺する私。静かに笑う河野。思えば9年間、ずっとこんな感じだった。


同期アナウンサーのタイプは総じて違うものだが、我々の場合は殊更だった。
ラクロス日本代表選手でアスリートの河野。思い切りインドア派の私。
甲子園でリポートした新人時代。
球場内に河野の姿が見えず、おろおろして電話すると
「時間が空いたから、バッティングセンターでフルスイングしてた」。
炎天下で倒れそうな私に、
「祐子もどう?スッキリするよ!」「…いや、遠慮しとくね」


球児たちさながらに、日焼けしました

新人研修の最終日。
スタジオでニュースを読み終え、アナウンス部で先輩達からの講評と激励の中、
自然と涙が込み上げる。だが、彼女は黙っていた。
疲れた、お腹すいた、着回すスーツが足りない…。
何がなくとも化粧室に行き、二人であれこれ話すのが常だった。
その日、彼女は洗面台の前に立つや堰を切ったように泣き出した。
ハンカチをおずおずと差し出すと、しゃくりあげながらこう言った。
「悔しい」
満足いくニュースが読めなくて、悔しい。
お疲れ様と言われ、安心し、涙した自分。
ましてや終っていないし、始まってさえもいなかった。


同期3人と
安西君は、現在は報道局で活躍しています

「明ちゃん」
いつからか、お互いを画面で見ることの方が多くなった。
「幸せ?」
「…うん」
ぽっと頬を赤らめる河野なんて、今まで見たことない。
「あ、そろそろ戻らなきゃ」
晴れた夕。
西日が束ねられ、彼女の背中を押す。
職場へと向かう、スカートがひらひらと揺れている。


2001年夏、アルプススタンドにて
同じ場所での共演は、この時が最後だったかもしれません


(「日刊ゲンダイ 週末版」3月16日発刊)
   
 
 
    
前の記事を読む

次の記事を読む