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Vol.72 「甘辛」(2008/11/24)

“いろんな意味で、考える時期なんですよ”

30歳の誕生日。日付が変わった直後に、母からの携帯メール。
「相変わらず厳しいなぁ!」
ふくれてメールを返すと、すぐに返信が来た。
母が30歳の時は、5歳の私と3歳の妹を自転車の前後に乗せて
幼稚園の送り迎えをしていましたよ、と。
甘えた自分が、途端に恥ずかしくなる。

その少し前、
全国から集まった系列局の新人アナウンサーの研修講師を担当した。
地元での出演番組を収録したVTRを再生し、我々講師が気づいた点を指摘する。
「声が小さい」「表情が硬い」「服装がふさわしくない」…。
ピリ辛コメントが浮かぶと同時に、自問する。
はたして、自分は?

今いる位置を確認する。
入社8年目。
若手ではなく、そろそろ中堅と呼ばれる頃だ。

研修後、ランチの約束があった。
映画プロデューサーの興味深い話を聞きながら、
パスタをからめたフォークの手が止まる。
「台本の読み合わせの段階でね…」
ある若い女優さんの、迫真の演技。
だが、制作側のイメージとはいささか異なっていた。
「その時、何ておっしゃったのですか?」
プロデューサーは、静かに続ける。
「『可愛すぎる!』と言いました」
うら若き女優さんを傷つけず、否定せず、でもやんわりと、もう一度促す。
ついさっき、新人アナウンサーたちに否定ばかりを並べてしまった自分を思い出す。

“大人の女性になって下さい”
母からの携帯メールの最後には、そうあった。
優しい言葉でくるまれていないと、傷ついてしまう?
そのくせ、人には厳しい言葉を投げかけていない?

“大甘”が許されるのは、ケーキだけ。
今年も、ホールで完食だ。


後日、祝筵にて
ここでは、甘い幸せのおすそ分けを


(「日刊ゲンダイ 週末版」11月24日発刊)
   
 
 
    
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