カフェ、カフェ、カフェ。
何かあれば、いや、何もなくともお茶をする自分にとって、
数メートル間隔で行き当たるこの街は、夢のような場所だった。まず、店に入ったら。
「コーヒー、一杯」ではなく、「コーヒー、○○で」と注文する。
日本でいうと、牛丼店のシステムと似ているかもしれない。
「並」「つゆだく」といった文言さながらに、
「グラスで」「ミルクを泡立てて」「ラム酒を少し」などなど。カップの大きさも様々だ。
少なくとも、ガイドブックにコーヒーとケーキの解説が詳細に記されている国を他に知らない。
カフェインたっぷりのお腹をとぷとぷ揺らしながら、街をそぞろ歩く。
古いカフェの分厚い扉を、ぎぃと押し開けると…
煙草の煙がもうもうとゆらめいていた。ウィーンのカフェの殆どは喫煙席だという。
新聞を読みながら、談笑しながら、人々はその空間をまるで居間のように過ごす。
禁煙席を探して辿り着いたのは、日本でもお馴染みの緑の看板のカフェだった。
熱いモカを注文して、ソファに沈み込む。
やにわに背後で小さな声が上がった。
慌てて振り向くと、学生と思わしき女の子に、
背の高い男性がばらの花を手渡している。
大きなスーツケースと、雨粒の跳ねたダッフルコート。
空港から真っ先に恋人の元に駆けつけたのだろう。
すっかりくしゃくしゃになった一輪を見つけるや、彼女はきゅうっと男性に抱きつく。
わわわわわわ。
目の前で、映画のようなシーン。
旅をしていると、知らぬ間に世の中を外から眺めている。
所在無さと所属していない気楽さの間で漂っていた私を
きゅうっと引き寄せたのは、一輪のばらの花だった。
日本では、こうはいかないなぁ。
何故か自分が照れながら、あれこれ考える。
モカはまだ温かい。
ウィーンにいる限り、冷めない現実をぼんやりと味わっていた。 |