前の記事を読む 次の記事を読む  

 
 

Vol.45 「黄色いモンブラン」(2007/02/05)

「三度のご飯より…」などという言葉がありますが―。
我が家の場合、母娘揃って断然“甘いもの”。
実家の冷蔵庫に、ケーキやプリンが入っていなかったことはありません。

そんな個人的背景もあり、先日のニュースは衝撃でした。
大手菓子メーカーによる、期限切れ原料の使用問題です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「幸せの象徴だったのよ…」
答えに戸惑っていると、電話口の母はため息交じりに続けた。
不二家のことである。

昭和30年代。
当時は、デパートの食堂以外でカフェとレストランを兼ねたお店はあまりなかったらしい。
東京では銀座、大阪では心斎橋。
入り口のペコちゃんに誘われた店内は、まるで絵本の世界だった。
若かった両親と入った時の興奮は、今も覚えているという。
バタークリームのケーキが主流だった中、
真っ白な生クリームのショートケーキ―言葉では言い表せなかった、と。
大人になったら、ショーウィンドウの中のパフェやエクレアを順番に全て注文したい。
誕生日には、苺のショートケーキをホールごと食べてみたい。
「ミルキーだけは、歯にくっつくから苦手だったのよねぇ…」
母がまだ、小学校低学年だった頃。
当時の話を何度も聞かせてもらっては、甘く幸せな世界に思いを馳せた。

今や、デパ地下では一粒1000円のチョコレートが売られている。
金粉入りだったり、トリュフ風味だったり。
クリスマスやバレンタインといった特別な日には、
有名パティシエが作った宝石のような菓子や、飴細工をあしらった華奢なケーキを吟味する。

だが、街中で不二家のフランチャイズ店を見つけた時は、
いつも決まってモンブランを買った。
銀座に出かけて、手荷物が少ない時は、必ず本店に寄ってから帰った。
和栗を使った茶色いモンブランではなく、
小さな甘露煮がちょこんと乗った、黄色いモンブラン。
40年以上前の味。40年以上前の、幼い頃の母。

「あのモンブラン、スポンジの中にも生クリームが入ってなかった?」
私の問いかけには答えず、母はまたため息をついた。
「もう、これからは食べられないのかねぇ…」

不二家の衛生管理問題が明るみになって以来、
連日、品質と安全管理体制が厳しく問われている。
「老舗」の「老舗」たる所以は、
時間を経過してもその時のそのままを伝えているから。
何だか、思い出までもがとろりと崩れ落ちたような思いがする。



(「日刊ゲンダイ 週末版」2月5日発刊)
   
 
 
    
前の記事を読む

次の記事を読む