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Vol. 37 「電車とお父さん」(2006/08/07)

とある、秋の朝。
眼下には、山手線が静かに流れています。
音をも消し去る、瑠璃色の空。



山手線…見えますか?


今回は、電車を見送る親子のお話です。

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日曜日。
夕方のニュースを終えて帰宅する途中、いつも同じ場所に佇む親子がいます。
山手線の線路沿いには、電車が間近に見られる場所が幾つかあります。駅前からのゆるやかな坂道に沿って、フェンスを隔ててすぐ隣を電車がごうごうと通り過ぎていく。

子どもは父の肩の上で少しも動かず、行き交う電車を見ています。
父親は子どもを支えながら、黙って煙草を吸っています。

翌日。
ロケの移動中、いつものように車の中で撮影スタッフと昼食をとっていました。
「最近、寝不足でさぁ…」
食後はすぐに寝てしまう音声さんが、この日は珍しく起きています。
「じゃあ、今のうちに寝ておかないと」と、カメラマン。
それには応えず、「うちの子って、ほんとうるせーの」。
「え?お子さんがいらっしゃるんですか?」
キャップを逆さに被り、Tシャツにハーフパンツ。実年齢よりもかなり若く見える彼に、お子さんがいたなんて。
「今は、休みの日の方が忙しいかも…」
休日は、もっぱら一歳になる息子さんと出かけることが多いそうです。
「どこに遊びに行くんですか?」
「線路」
差し出された携帯電話の液晶画面には、踏み切りの前で電車を待つ後頭部が大きく映っていました。カン、カン、カン。踏み切り音入りの動画です。
「子どもって、乗り物がすごく好きでさ。何時間でも飽きずに見てるんだよ」

そんな話をしながら、ふと、毎週日曜日に見かける親子のことを思い出しました。
もしかしたら、あのお父さんも、目の前の電車に乗って通勤しているのかもしれません。
でんしゃ、大きいね。すごいね、速いね。
黄緑色の電車は、ヒーローみたいなスピードで夕暮れを裂いていきます。

「いけね。帰ったら、『アンパンマン』の編集をしないと」
重ね撮りしないように、毎週ハードディスクに保存してあるんだよ。
そう言いながらクリームパンをほおばる彼は、紛れもなく頼もしい父親でした。

日曜日。
また、あの親子に会えるでしょうか。



電車は疾風のごとく



(「日刊ゲンダイ」8月7日発刊)
   
 
 
    
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