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Vol.35 「ローマの空とアルバイト」 (2006/06/03)

先日、ローマへ出張に行った。
担当番組『ちい散歩』の海外編で、2泊4日の強行日程である。
路地裏の食堂で大きなピザをほお張りながら、急に思い出したのは、大学時代のアルバイトのことだった。

駅前の、小さなイタリアンレストラン。卒業までの4年間働いた。
初日のことは、今でも鮮明に覚えている。
賑わう店内でおよそ所在のない私は、
ホールの片隅でメニューを必死に復唱していた。
「村上さん、休憩どうぞ」 
業務用の冷蔵庫から好きな飲み物を選ぶよう促され、
厨房脇の折り畳み椅子に腰掛ける。
その中でふと目に飛び込んできた、“CHERRY”の横文字。
緊張による喉の渇きを潤すべく、ジョッキになみなみと注いでぐっと飲み干した。
その後、なぜか天井がぐるりと回り、気付いたら床に倒れていた。

ジュースだと思っていたのはリキュールだった。生まれて初めてのお酒が、勤務中の大ジョッキストレート。
車で家まで送り届けてくれようとしたアルバイトの先輩を、私は朦朧としながらも必死に断っていた。
「危ないから」「大丈夫です」の押し問答の挙句、
「知らない人の車に乗ってはいけないと教わったので…」

「あの…僕、履歴書も出しているし、大丈夫だよ」
その場で解雇されてもいい状況なのに、お店はその後も働くことを許してくれた。

スタッフは10人ほど。
色とりどりのイタリア野菜に、カチャカチャと食器の笑い声。
就職が決まった学生のアルバイトスタッフには、決まって当時の店長がケース入りのボールペンをプレゼントしてくれた。
「これからは、スーツ着て会社に行くんだろ」。
かつての仲間がふらりと食べに来ると、冷やかしながらも特製ティラミスを作ってくれた。
接客というよりも、世の中との接し方を教えてくれた場所だった。

大学の授業がない日は、朝から仕込みを手伝った。
エプロンのポケットを鳴らしながら、発注分の焼きたてのバゲットを買いに行く。
売り上げが良かった日には、深夜に皆でラーメンを食べに行った。
トラックが横付けされた国道沿いに並びながら、けむり色の夜空をぼんやりと見上げた。

あれから9年。
私が頑なに断った先輩は、今は店長として働いている。


(「日刊ゲンダイ」6月3日発刊)
   
 
 
    
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