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Vol.16 「岩見桜」 (2005/04/09)

花便りが待ち遠しかった春深く。
花曇りの週末、中央線を臨む土手にて「岩見桜」は催されました。

政治ジャーナリスト・岩見隆夫さんの名が付けられた桜を囲んでの宴は、
かれこれ25年目になるそうです。
新聞記者仲間をはじめ、職種も年齢も様々な人たちが、
岩見さんを慕って今年も大勢集まりました。

折しも、開花宣言の直後。
見頃にはまだ早い桜に代わり、花見客の頬は見事に桜色に染め上げられていました。
重箱には、お煮しめ、卵焼き、三色団子。
自家製おでんが振る舞われ、持ち込まれた火鉢の上では、焼き鳥がぱちぱちと音を立てます。
そして、お酒。
ずらりと並んだ数々の一升瓶が、ボウリングのピンのようにゴロンゴロンと倒されていきました。
「よう、久しぶり」
「揚げたてのコロッケ、持って来たわよ」
鼻先をかすめる、梅酒ロックの冷たい春風に酔いしれて。
その間も、着物やスーツ姿の人々が、入れ替り立ち替り訪れます。

車座の隅でかしこまって正座していたのは、新聞社の新入社員の皆さんでした。
研修後は全国各地に派遣され、支局で約5年間勤務するそうです。
「私、来週からは鹿児島支局なので…この後、家族皆で食事に行きます」
「あの…向こうに座ってらっしゃる、鳥越俊太郎さんとお話してみたいんですけど…」
眩しい横顔を眺めながら、かつて自分が新入社員だった頃を思い出しました。
繰り返される日常から、新しい環境に飛躍する桜の季節。
桜に待ち焦がれ、誘われ、立ち止まり、私たちは今、桜の下で言葉の花を咲かせます。

日が傾いても宴は続きます。
シートを囲んだ靴の見分けがいよいよ付かなくなったのは、酔いと宵のせいでしょうか。
「これ、どうぞよかったら…」
隣の宴席からジンギスカンが運ばれてくれば、こちらからはおでんを。
交換するのは、名刺ではありません。
企業買収でも、業務提携でもなく、ただ、手と手をつなぐということ。

気が付けば、数時間前まではつぼみだった枝先の桜が、わずかに開いていました。
列島をつなぐ桜前線。
人知れずほころび始めた桜が、黙って教えてくれています。


(「日刊ゲンダイ」4月9日発刊)
   
 
 
    
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