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Vol. 3 「お集まり」 (2004/07/03)

アナウンサーの仕事柄、土壇場のキャンセルはすることもされることも多い。
でも、仕方がないことは分かっている。
そんな中、ドタキャンでやさしい気持ちになれたことがあった。

先日、アナウンサーの舞台劇「voice4」が行われ、多くの方々が会場を訪れて下さった。
毎年必ず見に来てくれるのは、高校時代の3年間、寝食を共にした10人の寮生たちである。
高校を卒業してから8年。
この時だけは、それぞれの生活から抜け出して集まることになっている。
年に一度の同窓会、と言うよりも、私たちにとってはお里帰りだ。

公演の直前になると、メールが頻繁に行き交う。

「チケット、今日送ったよ」
「了解…で、最近どう?」
「えっ!やっと彼氏が出来たんだ!?」

事務連絡が、次第に互いの近況報告へと移り変わっていく。
そんな折、最近出産したばかりの彼女からドタキャンのメールが届いていた。

「ごめん、おっぱいをあげなきゃいけないから、行けないの」

牛乳嫌いの彼女が、おっぱい?
もちろん、本人がおっぱいを飲むわけではない。
けれども、寮で彼女の牛乳を毎朝代わりに飲んでいた私の中で、
一瞬、母乳と牛乳が混同してしまった。

ルーズソックスに、短いプリーツスカート、鞄の中にはポケットベル。
当時の私たちは、格好だけは「女子高生」ではあったものの、
実際は、門限7時、消灯10時、冷房もテレビも禁止された寮で過ごしていた。
夜中にこっそり宅配ピザを頼み、届けてくれたお兄さんが不審者と間違われ、
通報されて大騒ぎになって、ものすごく叱られたこと。
真夏の熱帯夜に眠れず、唯一冷房のきいた食堂に椅子を並べてそのまま眠ってしまい、翌朝、全員が風邪を引いてしまったこと。

今でも、当時の出来事は鮮明に覚えている。
そんな日々を共にした彼女が、お母さんになっているなんて。

歳を重ねるほど、それぞれの日常を潜り抜けて集うことは難しくなる。
だからこそ、たまの再会には並々ならぬ気合が入る。
いつもなら全員がそろうはずの、年に一度のお里帰り。
そんな中でのドタキャンだった。

寂しいような、眩しいような、悔しいような、ちょっと羨ましいような。
でも、いいよ。全然問題ないよ。
その代わり、赤ちゃんをぎゅっと抱きしめてあげてね。


(「日刊ゲンダイ」7月3日発刊)
※「voice4」は、2004年6月19日(土)〜20日(日)に、草月ホールにて行われました。
   
 
 
    
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