虚偽。捏造。隠蔽。
思いつく限り、懐疑的な語彙を並べてみる。
それらは反射的に、絶対悪へと結びつく。
インチキ。まがいもの。
微塵の迷いもなく、皆が眉を顰める。
なりすまし。
依然として漂う、負のにおい。
同時に、固定されたはずの概念は、ひらりと身を翻して迫ってくる。
それは、誰にとって?
山あいの小さな村で、
“神さま仏さま”よりも頼りにされている医師、伊野治(笑福亭鶴瓶)。
診察、薬の処方、独居老人の健康チェック…。
伊野は、ベテラン看護師の大竹(余貴美子)と共に、
全てを一手に引き受けていた。
そこへ、東京の医大を出たばかりの研修医、相馬(瑛太)が赴任してくる。
“ぼんぼん”の相馬は最初こそ戸惑うものの、伊野と一緒に働くうちに、
都会では味わったことのない充実感を覚え始める。
とある、夏の終わりの夕方。
伊野はふらりと診療所を後にして以来、忽然といなくなってしまう。
ひた隠しにしてきた、一つの嘘を残して。
自分は、何者なのか。
肩書きを示すことで、おおよその物事は潤滑に運ぶ。
病院の医師も、レストランのシェフも、番組のアナウンサーも。
だが、同じ肩書を持つ者とて数多い。
シェフのA氏がB氏に代わったとしても、
腕を振るう人がいる限り、味は変わっても店は存続する。
代わりは、いる。
自嘲しようと謙遜しようと、現実は揺らがない。
追いやられたちっぽけな自我は、別の場所へとたどり着く。
名刺や資格からは、計り知れないこと。むしろその場では必要とはされないこと。
たとえば、A氏は独身の男性で、B氏は子を持つ母で。
名前があり、住まいがあり、故郷があり…。
そこに、代わりはいない。
平凡で平穏。
取るに足らない一方で、明日をも知れぬ毎日。
時に、取り繕い、調子を合わせ、それでも何とかやり過ごす。
曖昧な自己は、周囲と繋がることで形を成していく。
優しさだったり、だらしなさだったり、弱さだったり。
誰かにとっての何かであり続ける以上、ぽろぽろ散らばる、嘘と誠。
あり続けたいから、足掻く。悲しい。いとおしい。
夏の夜の場面がある。
村人たちが寝静まる中、伊野は机の上に医学書を広げている。
人知れず、頭を抱え、医学の知識を叩きこむ。
朝が来れば、いつもの一日が始まる。
相馬の運転する真っ赤なカブリオレで、棚田を颯爽と走り抜ける。
そこには、待っている村人たちがいる。
医師の伊野、ではない。
伊野が、医師だった。
村はずれの長い坂道。
脱ぎ捨てられた白衣は、白旗にも見えた。
代わりは、いる?
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