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東ヶ丘中学2年1組。
前学期に、この組の野口君がいじめで自殺を図った。
家がコンビニを経営する野口君は、級友たちから「コンビニくん」とあだ名され、
店の品を要求されては彼らに渡していた。
彼の遺書には「僕を殺した犯人です」と生徒たちの名前が残されたが、
その名が表に出ることはなかった。
マスコミは騒ぎ、野口君は転校する。家も店を閉めた。
担任の教師は、重圧から逃げるように休職した。
新学期初日。臨時教師の村内先生が着任してくる。
極度の吃音で自己紹介をした後、突然言う。
「忘れるなんて、ひきょうだな」
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慄然とする生徒たち。
もう、過ぎ去ったはずのことだったのに。反省文だって、毎日書いたのに。
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いじめられていた野口君は、一切映画には登場しない。
本編は、起きてしまった後の話ながら、野口君の存在は圧倒的に首をもたげる。
いつもおどけていたという。
頼まれるのがむしろ嬉しそうで、必ず要求以上の品を持ってきた。
「コンビニエンスストアのぐち」と彫られた無人の机に、
村内先生は毎朝声をかける。
「野口君、おはよう」
14歳の頃のことは、よく覚えている。
中学2年生の時、父の転勤で関西の中学校に転校した。女子校から共学へ。
制服も校則も、何もかもが違った。
転入早々、放課後の女子トイレに呼び出され、
髪が少し肩にかかっていたこと、スニーカーが派手であることを注意され、
生意気だとすごまれた。
リーダーの女子生徒の横にいた大人しそうな女子は、出際にそっと言った。
「彼女、アポロチョコが好きだから、持って行ってあげるといいんじゃない?」
ショックで教室に戻ると、担任の先生が一人で床を拭いている。
自分と同じ時期に赴任してきた、女の先生。
元の担任者が入院したため、東京での翻訳の仕事をしているさ中、
教師の経験が全くないまま急遽呼び出されたのだ。
タータンチェックのスカートや、大きなリボンの髪留め。
他の先生たちとは明らかに異なる雰囲気。
そして、授業の挨拶は、すべて英語。
「グッモーニーン!エヴリヴァン!!」
「やってられへんわ」同級生は、彼女を奇異な目で見た。
「先生、さっき私、トイレで髪を引っ張られました」
喉までその言葉が出かかったが、どこかで気が咎め、
告げたら告げたで涙が出てきそうで、やめた。
「あら、どうしたの?」
手を止めずに、ずっと床を拭いている。掃除の時間はとっくに終わったのに。
黙っていると、先生がぼそっと言った。
「…先生からね、歩み寄らないといけないと思うのよ」
スカートのフリルが、今にも床についてしまいそうだった。
帰り道。
英語の挨拶は少し恥ずかしいけれど、やろうと思った。
アポロチョコを渡すのは、やめようと思った。
その後は、髪を切り、白いスニーカーを新調し、ただただ勉強に集中した。
参考書をうず高く積み上げることで、自分を守った。
私はここに集中さえしていればいい、と。
女子トイレに呼び出されるターゲットが変わり、
他の誰かがそういう目に遭っていることに何となく気づいても、何も言わなかった。
「忘れるなんて、ひきょうだな」
あの時、あんなに怖くて悲しい思いをしたのに。
アポロチョコを差し出すことは、違うと思ったのに。
野口君が、「きついっすよ」と笑いながらコンビニの品を持ってきていたこと。
それをやめさせる生徒が、一人としていなかったこと。
歩み寄ることは、出来なかった。
生徒たちも、かつて生徒だった私も。
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(C) 2008「青い鳥」製作委員会
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