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Vol.48 12月12日 『青い鳥』



東ヶ丘中学2年1組。
前学期に、この組の野口君がいじめで自殺を図った。
家がコンビニを経営する野口君は、級友たちから「コンビニくん」とあだ名され、
店の品を要求されては彼らに渡していた。
彼の遺書には「僕を殺した犯人です」と生徒たちの名前が残されたが、
その名が表に出ることはなかった。
マスコミは騒ぎ、野口君は転校する。家も店を閉めた。
担任の教師は、重圧から逃げるように休職した。
新学期初日。臨時教師の村内先生が着任してくる。
極度の吃音で自己紹介をした後、突然言う。

「忘れるなんて、ひきょうだな」
 

慄然とする生徒たち。
もう、過ぎ去ったはずのことだったのに。反省文だって、毎日書いたのに。

  

いじめられていた野口君は、一切映画には登場しない。
本編は、起きてしまった後の話ながら、野口君の存在は圧倒的に首をもたげる。
いつもおどけていたという。
頼まれるのがむしろ嬉しそうで、必ず要求以上の品を持ってきた。

「コンビニエンスストアのぐち」と彫られた無人の机に、
村内先生は毎朝声をかける。
「野口君、おはよう」



14歳の頃のことは、よく覚えている。
中学2年生の時、父の転勤で関西の中学校に転校した。女子校から共学へ。
制服も校則も、何もかもが違った。
転入早々、放課後の女子トイレに呼び出され、
髪が少し肩にかかっていたこと、スニーカーが派手であることを注意され、
生意気だとすごまれた。
リーダーの女子生徒の横にいた大人しそうな女子は、出際にそっと言った。
「彼女、アポロチョコが好きだから、持って行ってあげるといいんじゃない?」

ショックで教室に戻ると、担任の先生が一人で床を拭いている。
自分と同じ時期に赴任してきた、女の先生。
元の担任者が入院したため、東京での翻訳の仕事をしているさ中、
教師の経験が全くないまま急遽呼び出されたのだ。
タータンチェックのスカートや、大きなリボンの髪留め。
他の先生たちとは明らかに異なる雰囲気。
そして、授業の挨拶は、すべて英語。
「グッモーニーン!エヴリヴァン!!」
「やってられへんわ」同級生は、彼女を奇異な目で見た。

「先生、さっき私、トイレで髪を引っ張られました」
喉までその言葉が出かかったが、どこかで気が咎め、
告げたら告げたで涙が出てきそうで、やめた。
「あら、どうしたの?」
手を止めずに、ずっと床を拭いている。掃除の時間はとっくに終わったのに。
黙っていると、先生がぼそっと言った。
「…先生からね、歩み寄らないといけないと思うのよ」
スカートのフリルが、今にも床についてしまいそうだった。
 
帰り道。
英語の挨拶は少し恥ずかしいけれど、やろうと思った。
アポロチョコを渡すのは、やめようと思った。

その後は、髪を切り、白いスニーカーを新調し、ただただ勉強に集中した。
参考書をうず高く積み上げることで、自分を守った。
私はここに集中さえしていればいい、と。
女子トイレに呼び出されるターゲットが変わり、
他の誰かがそういう目に遭っていることに何となく気づいても、何も言わなかった。


「忘れるなんて、ひきょうだな」


あの時、あんなに怖くて悲しい思いをしたのに。
アポロチョコを差し出すことは、違うと思ったのに。

野口君が、「きついっすよ」と笑いながらコンビニの品を持ってきていたこと。
それをやめさせる生徒が、一人としていなかったこと。

歩み寄ることは、出来なかった。
生徒たちも、かつて生徒だった私も。


(C) 2008「青い鳥」製作委員会
 

♪作品データ♪
『青い鳥』
原作: 重松清(新潮社刊『青い鳥』所収)
監督: 中西健二
出演: 阿部寛、本郷奏多、伊藤歩 他
配給: 日活・アニープラネット/2008/日本
※ 新宿武蔵野館他にて全国公開中
『青い鳥』公式サイト
http://www.aoitori-movie.com/
   
 
 
    
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