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Vol.45 7月18日 『トウキョウソナタ』

今回ご紹介するのは、第61回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で、
審査員賞を受賞した作品です。


(C) 2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会

『トウキョウソナタ』

リストラされたことを家族に話せない父(香川照之)。
ドーナツを作っても食べてもらえない母(小泉今日子)。
アメリカ軍へ入隊する兄(小柳友)。
こっそりピアノを習う弟(井之脇海)。

ジャパニーズホラーでも有名な黒沢清監督が、家族を描く。

父、母、長男、次男。
夫、妻、兄、弟。
呼称によって、おのずと一人称の支軸も変わる。

○○として。

線路沿いの小さなマイホームで、それぞれがそれぞれを、全うする。
いつもの食卓。父が箸をつけなければ、夕食は始まらない。
そんな父が、昼間、川沿いの公園で食事の配給に並んでいることは誰も知らない。
母は毎日掃除機をかけ、手作りのドーナツを揚げてくれる。
夫の帰りを待ってうっかりソファで転寝し、
起き抜けに「誰か引っ張って…」とつぶやく。
でも、誰も聞いていない。むろん、誰に対しても言っていない。

みんながここにいるのに、みんな知らないことばかり。
向き合わないことで、衝突を避ける。持ち込まないことで、諍いをかわす。
だがそれは、家族であり続ける以上不可避である。
 
  

私が小学一年生の頃、父が入院した。
重度の椎間板ヘルニアだった。後から聞けば、大手術だったという。
母は病院を探し回り、入院中は祖母が子どもたちの身の回りの面倒を見てくれた。
自転車で大学病院まで向かう道のりを、今でも覚えている。
母の前カゴに乗せられたランチボックスには、決まって父の好物が入っていた。
病室で、父から一口だけ分けてもらえることが楽しみだった。

ある日、夜中に目が覚めると、
母は一人でベランダに向かってビールを飲んでいた。
がらんどうの背中。開けたままの窓。
「焼き鳥、私にもちょうだい」
そこで聞くべきは、父のことではなく、これからのことでもなく、
目の前の焼き鳥のことだと咄嗟に思った。
あら、起きてたの。
振り向いた母は、ちゃんと、母だった。

夏休みの間に折った千羽鶴を病室に届けた時、父は子どものように泣いた。
水色の縦じまのパジャマに、涙がぼたぼたと落ちる。
見てはいけないものを見てしまった気がして、目をそらしてしまった。
「明日、ディズニーランドに行くの」
確か、そんなことを父に告げた気がする。


誰しもが、家族内での役割を担っている。
父らしく、母らしく、長女らしく。
プライドも、エゴも、斟酌も、ご機嫌取りも、何もかも。
奇異だと思ったなら、それはホラーだ。
やさしさだと思えたなら、間違いなく、それが家族だ。

 
♪作品データ♪
『トウキョウソナタ』
監督: 黒沢清
出演: 香川照之、小泉今日子、小柳友、井之脇海、
        井川遥、役所広司 他
配給: ピックス/2008/日本
※ 9月より、恵比寿ガーデンシネマ、シネセゾン有楽町ほかにて公開

『トウキョウソナタ』公式サイト
http://tokyosonata.com/

   
 
 
    
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