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Vol.32 7月25日 梅雨明け前の、映画コラム  『靴に恋する人魚』

大雨(たいう)、時々降る。

季節を表す自然の暦・七十二候では、今の時期をこう記しています。
時々どころか…このところ、東京ではしょっちゅうのこと。
夕立がやむのを軒下で待っていたら、街をさす白い雨が、そうめんに見えてきました。
暑さゆえか、空腹か。
そのうち雨も、陽射しにぐにゃりと茹で上がってしまいそう。

さて、近況ですが…。
パーソナルページを、少し整理しました。
映画コラムと、夕刊紙に連載中のエッセイ、以前担当していた『やじうまプラス』のHPで綴った雑文。今までの文章を、三つの部屋に分けました。

今回ご紹介するのは、台湾映画『靴に恋する人魚』です。 
鑑賞後―。
思わず衝動買いしてしまったオレンジ色のサンダルは、靴箱でひっそりと梅雨明けを待っています。

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『靴に恋する人魚』

絵本のような作品です。
『白雪姫』『不思議の国のアリス』…といった、世界中で愛されている名作童話が作中に散りばめてあり、一場面ごとに万華鏡のような色彩が広がります。

【あらすじ】
むかし、あるところにドドという少女がいました。
車椅子で生活するドドの楽しみは、眠る前に絵本を読んでもらうこと。『人魚姫』を読んでもらった時、ドドは心配になりました。私も、もし足をもらったら、歩ける代わりに声を取られてしまうの…?
手術の後―目が覚めたドドは、歩けるようになっていました。
やがて成長したドドは、靴を買うのが大好きな美しい女性になります。
ある朝、ドドは急に歯が痛くなりました。そして、王子様と出会いました。歯科医のスマイリーです。ドドはデートのたびに、小さい頃のことや信じていること、見た夢のことをスマイリーに話しました。
その後二人は結婚し、靴部屋まである新居で幸せに暮らしましたとさ。

<めでたし、めでたし>

おとぎ話なら、ここで終わります。
でも、この映画は、ここから始まります。

確かにそれまでは、とろけるようなエピソードが続きます。
まさに、幸せなお姫様と王子様のおはなし。
新居への引越し。うっかり洗濯してしまい、縮んで幅が足りなくなったカーテンの前で笑い合う二人。
ある休日。夫はいつまでも新妻の寝顔に見とれて、縮んだカーテンの隙間からベッドに射す陽光を除けるため、幾つもの帽子を頭に載せていく。
夫の誕生日。妻が作るのは、羊の形をした、生クリームたっぷりのバースデーケーキ。
もしもポップコーンを片手に鑑賞していたとしたら、きっと、コンペイトウと錯覚してしまうでしょう。口の中が、全身が、しゅわしゅわと甘くしびれます。
二人に、思いもかけない悲劇が起きるまでは。
 
大好きなものに囲まれて、最愛の人と一緒に過ごす。
ずっとそうしていたいと、誰もが願っています。
でも…。

幸せな日々って、いつまでも続くのでしょうか。


思えば小さい頃、パレードと打ち上げ花火が苦手でした。
パレードは、去ってしまう。花火は、消えてしまう。
幼ながらに体験した喪失感に、「ならば、いっそ経験しない方がいいのでは」と思ったこともありました。本当は、大好きなのに。
その一方で、どこかで、永遠に続くことを甘く夢見ていたのです。
 
大人になった今。
続かない永遠は記憶として胸にしまい、時々振り返ったり立ち止まったりしながら、日々と向き合う。めでたしめでたしの、その後を生きています。

華やかな時間が去った後。
自己憐憫に浸るより、その現実を受け止める。
  
上映中、私はずっと靴を脱いでいました。
試写室の最前列で、足をそっと前に出して。
冷えたつま先は暗闇をさまよい、時折、置かれた靴を探します。
履き慣れた、ぺたんこのシンプルなサンダル。
物語に登場する、水玉模様の赤い靴や、ふわふわのファーをあしらったミュールとはおよそかけ離れていましたが―。

幸せな日々って。

てくてく歩いた先に、「ただいま」と帰る場所があること。
受け入れてくれる、玄関があること。
そこに、スリッパが置かれていること。
小さな二足のボートは、どこへと連れて行ってくれるのでしょう。

<つづく>

♪作品データ♪
『靴に恋する人魚』
監督: ロビン・リー
製作: アンディ・ラウ
出演: ビビアン・スー ダンカン・チョウ タン・ナ チュウ・ユェシン  ほか
配給: IMX/2005/台湾
※秋公開 新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
『靴に恋する人魚』公式サイト
http://www.ffcjp.com/kutsu/






 

パンプスを型取った、なんともかわいらしい試写状!
主人公・ドドの靴のサイズと同じ24cm(原寸大)でした。

   
 
 
    
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