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Vol.27 9月28日 『メゾン・ド・ヒミコ』

秋ですねぇ…。
空気同様、気持ちも澄んでいきます。
そんな時こそ、映画館へ。
ゆったりとした劇場で、飲み物を片手に、お気に入りの席を確保して。
上映前の予告編ひとつひとつに、心の中であれこれ巡らしながら。
高まる気持ちを制して、いざ。

今回ご案内する本編は、『メゾン・ド・ヒミコ』。
ゲイのための老人ホームのお話です。
さみしい気持ちと、愛しい気持ちが、溶きたまごのように混ざり合い、
ふわりと焼きあがったのは、さて…。

観終わったら、きっと、誰かに会いたくなりますよ。


“メゾン・ド・ヒミコ”―西欧風の小さなホテルを改造した、ゲイのための老人ホーム。

ゲイである父親(田中泯)を嫌い、その存在さえも否定して生きてきた沙織(柴咲コウ)。ある雨の日、父の営む老人ホームを手伝いに来ないかと、若い男(オダギリジョー)が彼女を訪ねて来る。癌に冒されている父親と、その恋人である若い男、そんな二人を見つめる娘。理解し合えるはずのない彼らに、いつしか不思議な関係が芽生えていく…。

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かつて、ゲイバーで働く人たちのドキュメンタリーを見たことがある。彼らは底抜けに明るく、自由に生きているように思えた。解放された生き方とは、こういうことなのかな。スパンコールに彩られた華やかな世界に、思いを馳せていた。

数年後、学生時代に旅したイスタンブールの宿で、ゲイのバックパッカーと知り合った。普段は新宿二丁目で働く彼女は、美しく、陽気で、滞在している日本人観光客たちのムードメーカーだった。「どこかにいい男いないかしら?」が口癖で、大使館員に大胆に迫ってビザを予定よりも早く取得するなど、いつも話題の中心にいた。

ある夜、彼女が私の部屋をノックした。「眠れないから、ちょっとだけ話し相手になってちょうだい。みんな、ワタシのこと恐がって部屋に入れてくれないの」。招き入れると早速、自前の化粧水で肌の手入れを始めた。彼女の透き通るような肌をまじまじ見つめていたら、「女になるのは大変なのよ。あんた、女だから分からないでしょ」と笑った。

女だから、分からないでしょ。
諦めたような、少し、チクっとするような言い方だった。
「No.1」よりも「Only one」と叫ばれる一方で、大多数の持つ絶対性は揺らがない。「人と違う」と言われた少数派は、時として、偏見の波に飲まれる。「人と違う」と笑う人たちは、少数派を排除することで安心感を得ようとする。だが、心のどこかでしがらみや共通認識に囚われていることを自覚しているのだ。

「どうして、旅をしているの?」
「旅先での話をするとね、お客さんが喜んでくれるの。ブダペストのゲイ温泉での話なんて、最高にウケるわ」

女であるために、眠る前のスキンケアを徹底し、生業のために、数々の国境を乗り越えて行く。今まで自由で開放的に見えていた彼女達の世界は、拒絶する者をも飲み込んでしまう程の逞しさに溢れていた。同時に、孤独にも。

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海岸沿いに、メゾン・ド・ヒミコはひっそりと佇んでいる。
妻子の元を離れてゲイバーを継ぎ、今はホームの館長であるヒミコ。
生まれ変わったらバレリーナか相撲部屋の女将になりたいニューハーフ・ルビィ。
週末には、各々が持ち寄ったご馳走を並べて会食し、お盆には、庭で迎え火を焚いて皆で合唱する。個性的な住人たちの、穏やかで平和な日常。
そこでの日々は、人肌程度に温めたミルクみたいだ、と思った。
熱々のホットココアでもなく。
キーンと冷えたサイダーでもなく。
それは、性と性の狭間の、生々しいまでのぬくもりだと思う。

一方で、近所の小学生たちは、何度追いやっても「オカマは出て行け!」と、ホームの壁に何度も落書きをしては逃げていく。
 
人と違うことは、そんなにおかしいことなのか。
恥ずかしいことなのか。

「あんた、女だから分からないでしょ」

バックパッカーだった彼女は、そう言った。
だが、歩み寄ることは出来る。
手を伸ばせばつなげる距離は、隔たりでも、隙間でもない。

ホームのバルコニーから眺める、海の向こう。
大きなバックパックを背負い、各国を旅する彼女の細い後姿が重なった。


♪作品データ♪
『メゾン・ド・ヒミコ』
監督:犬童一心
脚本:渡辺あや
出演:オダギリジョー、柴咲コウ、田中泯、西島秀俊、歌澤寅右衛門、高橋昌也、他
配給:アスミック・エース/2005/日本/131分
※シネマライズで公開中。9/10(土)より新宿武蔵野館、他でもロードショー
『メゾン・ド・ヒミコ』公式サイト
http://www.himiko-movie.com/
   
 
 
    
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