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Vol.17 5月24日 『深呼吸の必要』


詩人・長田弘氏の同名詩集からタイトルを借りて書かれたオリジナル脚本を、『月とキャベツ』『はつ恋』の篠原哲雄監督が映画化した作品です。
最近、詩集『深呼吸の必要』を就寝時に眺めています。言葉を深呼吸すると、それはそれは穏やかな寝息に変わるのです。

目覚めすっきり。そりゃそうですよね、オンエア直後ですから。
午前8時過ぎ、アナウンス部の前にて。

さとうきびをぱきっと折って、丸ごとかじる。
じゅわじゅわっと、口の中に生ぬるい甘味が広がる。
ささくれ立った断面で口を切らないようにと、味わうのも一苦労だ。
だが、この甘さは少し違う。
グラニュー糖よりも、素朴で、ざらざらしていて、苦味を伴う。

「そんなの、甘いよ」

都合の良い時にやって来て、時期が来れば、帰れる場所に帰っていく。
あるいは、新しい居場所を求めて渡り歩く。

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それぞれの思いを胸に、沖縄の離島に降り立った5人。彼らは農家のさとうきび収穫を手伝う「きび刈り隊」の告知に応募した若者たちで、互いに初対面だ。滞在中は寝食を共にし、昼夜ひたすらきび刈りに没頭する。
日当5000円。
製糖工場の操業停止日までの間に、全てを収穫し、納品出来ないと家計に影響が及ぶ。

見渡す限りのさとうきび畑。雨でも風でも作業は続く。
手を切って血を流し、汗にまみれて、来る日も来る日もきびを刈る。
決して甘くはない。
そんな間にも、さとうきびは糖度を増していく。
 
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物語を追ううちに、去年の夏休みが蘇る。
竹富島の民宿での数日間。
日中はそれぞれが島に散り、三線の音と共に、夜な夜な集う。
いくら酔っ払って布団に倒れこもうと、翌朝には味噌汁の匂いが障子越しに漂う。
部屋の小さな縁側には、脱ぎ散らしたはずのビーチサンダルがきちんと揃えられている。
ふと、そこに働く人たちを思う。
彼らは私たちをいつでも受け入れてくれた。
初日は「いらっしゃい」、翌日からは「お帰りなさい」。
ならば、彼らが「ただいま」と云う場所はどこなのだろう。
 
私は私で、なぜ旅をしているのか分からなくなる。別の場所に身を置いて、そしてまた、来るべき日常へと歩き出す。結局はカレンダーに仕切られた日々。はたまた、自分の都合で転々と渡り歩く。

旅先での羽休め。
それを「深呼吸の必要」と言うならば。

居場所を転々とすることは、結局はどこにもいられないことなのか。それを自由と言うのか、無責任と言うのか。
でも、ぱきっと折れてしまわない芯さえ自分の中に通っていれば。
ささくれ立った断面で口を切ってでも、果敢に挑もうならば。
それは甘えではなく、人生の甘味ともいえるのかもしれない。

出会って、別れて、その繰り返し。
出会いと別れは永遠に出会えない。いつまで経っても繰り返す。
それは、旅に限ったことではない。

 息苦しくなった時は、深呼吸をすればいい。
 疲れた時は、甘いものに舌鼓を打つのもいい。

■作品データ/『深呼吸の必要』
監督:篠原哲雄
脚本:長谷川康夫
音楽:小林武史
出演:香里奈、谷原章介、成宮寛貴、金子さやか、大森南朋
配給:松竹・日本ヘラルド映画/日本/2004年/123分

※5/29(土)より全国ロードショー

『深呼吸の必要』公式HP:

http://shinkokyu.jp/pc/
   
 
 
    
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