- 170cm
- 福岡県福岡市
- 日本女子大学附属高等学校→
日本女子大学 - 2001年4月1日
- 蠍座
「夜の梅」という菓銘の羊羹がある。
切り口の小豆が、夜の闇に咲く梅を表すことから付けられたという。
仕事で帰りが遅くなると、やむなく夜に洗濯を行う。
洗濯かごをぶら下げてベランダに出ると、ほのかに梅が香る。
あ、夜の梅。
餡をこしたような空が広がる。
和菓子は、食べる俳句である。
かつて、中学校の国語教師がそう言っていた。
桜餅、葛切り、栗鹿の子。
四季を映す品々のうち、季語に使われるものも多い。
風は、まだ少し冷たい。
部屋の中から、ハンガーを差し出す夫の腕に話しかける。
―もう、梅の香がするよ。
長袖のTシャツを引っかけながら、一方的に続ける。
―なんか、こう、一句詠みたくなるねえ。
普段、俳句を嗜むわけではないが、
「夜の梅→和菓子→俳句」と、頭の中はすでにつながっている。
思考の飛躍について行けない夫の沈黙は、今に始まったことではない。
と、思いきや、
―洗濯を 干して梅の 香りだな
にわかに一句。
タオルを受け取りながら、思わず普通に返してしまう。
―そのままだよ!もっと、こう、それっぽく詠めない?
物干し竿のタオルをピンチで留めながら、
“それっぽい”返句を考えあぐねていると、
―洗濯を 干して梅が 香るなり
さらなる一句。
と言っても、「なり」をつけただけである。
―ちょっと、語尾でごまかさないでよ~
カラになった洗濯かごを戻しながら、
苺大福を買って来ていたことを思い出す。
「季節限定」の貼り紙に、五つほど包んでもらった。
そよぐ風に、脱水したての洗濯物が固く揺れる。
所作のぎこちない新入生のように。
まもなく、春である。