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2月28日 トレーニングDNAを受け継いで スプリンター末續慎吾 22歳

 
2003年ニュースステーション宮嶋企画第3弾は、3月3日放送の「トレーニングDNA 末續慎吾22歳」です。陸上競技短距離選手の冬のトレーニングとは一体どんなものなのかを東海大学の合宿にお邪魔して取材してきました。
番組の概要をここでお伝えしましょう。

アジア大会男子200mで金メダルを獲得した末續慎吾(すえつぐ しんご)選手。
今、日本で最も期待されるスプリンターです。

効率のいい科学トレーニングが主流になる中、スプリンター末続慎吾選手が冬に行っていたトレーニングは意外なものでした。

まずは東海大学陸上競技部短距離コーチの高野進さんの研究室にお邪魔して伺ってみました。
「冬期トレーニングと言うのはどう意味を持っているんですか?」
「冬期が全てといってもいいくらいですね。冬期の練習が充実していなければ、シーズンにいい成績は出せないということですね。」

高野進さんは12年前、1991年の世界陸上東京大会と、1992年のバルセロナ五輪の男子400mで、日本人として初めてファイナリスと、すなわち勝進出を果たした人です。
そのトレーニング方法は1998年のバンコクアジア大会男子100mで優勝し、10秒00の日本新記録をマークした伊東浩司選手へと伝わり、
さらに、去年、水戸国際大会で、国内最高記録10秒05をマークした末續慎吾選手に受け継がれました。

高野進、伊東浩司、そして末續慎吾と続くスプリンターの系譜、そこには脈々と受け継がれてきた冬の特別なトレーニングが存在したのです。

東海大学陸上部が冬の間通う練習場所、その一つが平塚の海岸です。

はだしになった末続選手の足を見てビックリ。
足の形がなんだか妙なのです。

「スペシャル偏平足ですよ。伊東さんと同じですよ。」とこともなげに言う末續選手。

なんと、その足は土踏まずがない偏平足なのです。

「昔は、ちゃんとアーチがあったんですけどね、どうも筋肉になっちゃったみたいで、盛り上がっているんですよ。」
「スプリンターの足って、土踏まずがしっかりあって、甲の高い足なのかと思っていました。」
「いえいえ、伊東浩司さんも、朝原さんもみんなスペシャル偏平足ですよ。でも、その分つかれるんですけどね。それはケアーをしっかりしなくちゃならないんです。」

なるほど!でした。

はだしになって砂浜に降り、5人一組でダッシュ練習を行います。
冬の間、一週間に一度、砂浜で行われるこの練習は、二十数年前、高野進さんが学生だったころから行われてきました。

この練習の効果はどんなところにあるんでしょうか。末續選手に聞いてみました。
「砂の中に足が、ぐにゅって、ずぼっと入るじゃないですか。速く引き上げないと次の動作に移れないんですよ。」

砂浜では、足元を取られるので、意識して足を引き上げないと前に進んでくれません。
このトレーニングは重心を引き上げる筋力をつけると同時にその感覚を体に覚えこませるためのものなのです。

冬にどれだけ練習を積んだかで、夏のシーズンの成績が決まってくると言われる陸上競技。
世界を視野に入れ始めた末続選手はこの冬、限界まで自分を追い込みたいといいます。

「後もうちょっとやれそうな気がするんですよ。枷(かせ)があるんでしょうね、理性に。
きついからこれ以上やっちゃ駄目ってあるんでしょうね。」

理性の枷を振り切るまでトレーニングをしてみたい。それがこの冬の末続選手の目標でした。

■12月24日、千葉県の検見川に選手たちの姿がありました。
この日から3日間、東海大学陸上競技部恒例の年末強化合宿がおこなわれます。

まずは高野進コーチからの挨拶です。
「メリークリスマス。世の中はクリスマスと言って浮かれておりますが、我々はもっとエキサイティングな3日間をここで過ごしましょう。」

OBの伊東浩司さんも甲南大学のコーチとして女子短距離選手を引き連れ、特別参加していました。冬のトレーニングの中では最もきついと言われている伝統の合宿です。

最初のメニューは、一人二組で、相手を負ぶって坂を上るものです。
マシーンではなく、自然の坂を利用して基礎体力をつけていくのが目的です。
みんないっせいに、ぎゃあぎゃあ叫びながら坂を上っていきます。.
一日60本のメニューをこなすために、皆、ハイテンションで臨みます。

高野進コーチはこう解説してくれました。
「お祭りのような雰囲気の中で、量的なものを勢いでこなしていくというのかな、一人では出来ないけれど、皆でやれば乗り切ってしまうようなそんな感じがありますね。」

かつて、自らもこのトレーニングに参加していた東海大学OBの伊東浩司さんはこうコメントしてくれました。
「この合宿は本数もさることながら、競争の原理が入っているんで、短距離と言うのはプライドの塊の人ばっかりなんで、そこもうまくついた指導なんで、短距離の人は後ろ下がりたくないんです。自分が常に一番でいたいんで。」

なるほど、負けたくない分、みんな、声を出して最後の力を振り絞っているんですね。

上り坂のダッシュは、太ももの裏のハムストリングを鍛えるのには最適です。
ここでも、末続選手は、常に全力を出し切り、トップでゴールすることを自分自身に課すのです。

「絶対負けない」そうつぶやきます。

休憩時間になんと、モグラが出現。初めて見るその姿にみんなおおはしゃぎ!

自分自身に妥協を許さぬ練習。戦う相手は自分自身でもあります。

練習開始から4時間後、100mの坂ダッシュのあとに、末続選手の様子が突然変わりました。

酸欠状態で体全体が震えだしたのです。

よろよろと立ち上がり、胃からの逆流をこらえるようにして、林の中に隠れると・・・
嘔吐。
胃の中のものをすべて戻してしまいました。

「だめだ!ワンゲロ」
ふらふらと仲間の待つスタート地点に戻りますが、顔からは血の気が引いています。

トレーニングを続けるか、ここでやめるか、心は激しい葛藤でゆれ動きます。

「いきますかあ!」

迷いを振り切るように、先頭をきって坂を下り、練習再開。
この瞬間、末続選手は理性の枷を振り切っていたのかもしれません。

「根性!」あまりの気持ち悪さに芝の上に座り込みながらも、つぶやく末續選手でした。

このすさまじいトレーニングは何に効いてくるんでしょうか。

「土壇場じゃないですかね。試合場に来たときに、最後スタート台に立ったときに思い出すのはこういうことだと思うんですよね。ああ、頑張ったなとか、そういうのが、効いていてくると思いますよね。」遠くを見つめるようにして末續選手が答えてくれました。

それは高野進、伊東浩司がたどってきた道でもありました。

ここまでがんばるのにはそれなりの理由がありました。

「僕はメダリストになりたいんですよ。去年、おととしですか、為末大がメダリストになったじゃないですか、無理じゃないんですよ。僕もそう思っていたんですけれど、むりじゃないですよ。」

おととしエドモントン世界陸上400mハードルで為末選手が3位入賞。メダリストになったシーンは末続選手の心を大きく揺さぶったのです。

「僕涙でましたもの僕。日本人だってメダルをとれるんですから。」

オリンピックのメダリストになるために、末続選手がこだわりつづけて強化しているのが腹筋です。
毎日2500回以上、様々なバリエーションで腹筋を鍛えていきます。
とにかく家に帰って、時間のあるときはずっと腹筋トレ。歯磨きと一緒でやらないとどうも気持ちが悪いというのです。

「そんなに思ったほど割れてはいないですよ。硬いは硬いですけどね」といって見せてくれたおなか。いやはや、甲殻類のようでした。

「いろんなスプリンターがいたと思うのですが、ここまで腹筋にこだわった選手はいないと思うんですよね。それはなぜですか。」

「僕は、動作として地面と平行に走りたいんですよ。地面に垂直に走るのではなく、水平に走りたい。だから、「く」の字で走りたいんです。体を折って走りたいんです。動物みたいに。そういう格好になりやすいためにはどうすればいいかということを試行錯誤したらこういう動作になったんです。」
「走っているときにおなかを締めるということですか?」
「はい。だから走っているときは息してないですよ。」

そう言って末續選手は妙な動作を見せてくれました。
脚を動かすと、腹筋も同時に動いているのです。
末続選手のイメージでは、腹筋も含めて、胸から下が脚なんだそうです。

動物のようなしなやかな動き。腹筋を鍛えることで体の芯を作り、その中心からしなるような動きを作り出したい、それが末続選手の理想の走りなのです。

「陸上を始めたころには短距離でファイナリストに日本人が残るのは無理だよって言うところから僕ら始まったんですよ。それが僕の目の前でどんどん壊れていくんですよ。だからそれを俺がぶっこわしてやりますよ。多分。ふふふ。」

そういうと、茶目っ気のある表情がまじめな顔に一転。

「簡単には行きませんけど、そのためには何でもします。」

夢に向って一歩一歩、今という時間を燃焼させている若武者です。

   
 
    
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