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7月4日 競技スポーツの残酷さと喜びと


サッカーワールドカップも閉幕した。選手たちの活躍と同じくらい、審判の誤審問題がかまびすしく取りざたされた。ひとつのルールの下に公平に戦うのがスポーツと言っても、ジャッジをするのは機械ではない。人間の目だ。見間違いもあろう。先入観もあろう。
「人間なんだからたまには間違えることもあるよ。」と言えるは第三者。当事者や熱烈なサポーターたちにとっては持って行き場がないほどの悔しさや怒りもあるだろう。

今年2月のソルトレークシティー五輪でショートトラック男子1500メートルのレースを思い出す。トップでゴールに入った韓国の金東聖選手が走路妨害の反則をとられ、2着だった米国のアポロ・アントン・オーノ選手が金メダルを獲得してしまったあのレースだ。目の前で見ていただけに、あのレースの後起こった出来事は、今思い出すだけでもむかむかするほど気分が悪い。


アポロが片親の家庭で育ち、かつて手がつけられないほどの不良少年で、ショートトラックスケートに出会ってから更正し、今では世界のトップクラスであることを会場に来た観客たちは知っていた。彼らは、ソルトレークシティーの五輪で金メダルを取るというアポロストーリーの最後のパートを自分たちの目で見たいとやってきたのだ。

 

決勝レースは当初から実力伯仲の金とアポロの一騎打ちと見られていた。レース後半、トップを行く金をアポロはなかなか抜けない。アポロは最終周回で両手を挙げ派手なアクションで走路妨害をアピール。結局、金がトップ、アポロが2着のままゴールすると、場内ブーイングの嵐。会場自体が大きな笛になったように、共鳴しあって震えていた。あれは異様だった。しばらくしてから、そのブーイングに促されるように、審判が出てきて、なにやらごそごそ相談をしていたかとおもったら、突然場内アナウンスがあったのだ。

「金選手の走路妨害」が発表されると、観客たちは一転して歓喜の雄叫びをあげた。
金東聖がウイニングランで掲げていた国旗を氷上にたたきつけ呆然とする姿を私は一生忘れないだろう。

あのシーンをテレビで見た世界中の人は何を思ったのだろうか。ショートトラックというスポーツのルールの曖昧さに、この程度のスポーツなんだと見限った人もいたはずだ。この競技を嫌いになった人も、さらにはスポーツそのものに嫌気が差した人もいたに違いない。アポロの演技のうまさに舌を巻いた人や、一生懸命努力することのばからしさを感じた人もいただろう。


何でも一番にならなければ気がすまない米国人の気質にあきれた人もいたのではないだろうか。もちろん、やっぱり正義は勝つのね、とひとりごちてご満悦の人もいたはずだ。

私はげんなりしながら、9・11以来どうもおかしくなっている米国民の集団ヒステリー状態を感じながら、この国ではオリンピックを開催してはいけないのではないかとすら考えていた。


観客にとってのオリンピックと選手にとってのオリンピックはある意味全く異なる別ものなのかもしれない。しかし、どちらをなくしても成り立たない表裏一体のものだ。

 

 


 
メダルを取れば人生が変わる。オリンピックの大舞台は、そこに人生を賭けようと選手たちが必死になればなるほど、時に残酷とも思える仕打ちをしてくる。選手たちの精神をずたずたにしてしまうような出来事、魔物がいたるところに息を潜めているのだ。中には人生のトラウマとなってしまうほど深い心の傷を負ってしまう選手もいる。二度とオリンピックなんかにかかわりたくないと思う選手もいる。


実は、今から10年前、バルセロナ五輪で大きな心の傷を負ったメダリストがいた。
シンクロナイズドスイミングの奥野史子さんがその人だ。

バルセロナ五輪で受けた心の傷のために、奥野さんは「一生オリンピックを楽しめないと思っていた」と言う。10年前一体何があったのだろうか。

そして今年2月、バルセロナの重い記憶から10年を経て、一人の観客としてオリンピックを見てみたいと、ラスベガスで生活する奥野さんが車で6時間、ソルトレークの町にやってきたのだ。初めて、一人の観客として純粋にオリンピックを観戦した彼女はそこで何を感じ、何を思ったのか。

10年前のバルセロナでの出来事と、今年2月のソルトレーク、偶然この二つのオリンピックでの奥野さんをそばで見守るチャンスに恵まれた私は、多くのことを彼女の目を通して教えられた。この模様を番組にまとめたものが7月10に放送される。

 

 
7月10日水曜日深夜3時6分から、番組は「テレメンタリー」。
深夜の放送に加え、この日野球の中継が延長になった場合はさらに30分遅くなることが予想されます。
これまでとは違った形でオリンピックと言う舞台を捉えてみる試み。
お時間があったら、ぜひ、夜更かしをしてご覧ください。

   
 
    
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