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2月23日 『日本のシンクロはどこへ行く・・・・』


7月は韓国の選手を指導。
そして8月、井村さんは再び中国に行くことを決意するのです。

井村:「本当はあの子達(小林、乾)を見てあげたかった、それは本心ですよ」

井村さんは旅立つ前に、乾と小林の二人に、直接自分の口から、中国に行くことをつげていました。

井村:「私はなぜ行くかというと、世界で戦わなかったら感覚が鈍ってくるんだと。そのために私は休むわけに行かないんだと言ったら、ワン(乾)は「びっくりしたけれど先生から直接聞けてよかった」といってくれた。だから、「あなた方も強くなりなさいよ」って言ったんです。」

聞きながらも胸に詰まるものがありました。

こうして、60歳、還暦を迎えたばかりの井村さんは、再び中国チームのヘッドコーチとして、プールサイドに立つことになったのです。


  

9月、中国常熟のワールドカップの会場で、久々に顔を合わせた乾・小林の二人と井村コーチ。


  


井村:「どれだけ上手になっているかな、って・・・・、何で涙出てくるのかな、違うコーチに習って上手になってもらいたいって。」

井村コーチが話すプールサイドの反対側に、髪を結って試合の準備をする二人の姿がありました。

大会二日目、デュエットの決勝、フリー・ルーティーンを迎えます。
二人のために、井村さんが作った振り付けです。
アラビア女性の妖艶さを表現します。

脚をきりっと締めて、しっかりと同調させていきます。
それを観客席からじっと見つめる井村さん。


  

井村:「すごい気合は入ってるね。」

得点は93.300
ロシア、スペインのデュエットが欠場する中、3位に入り、二人は初めて表彰台に立ったのです。表彰式で二人が大きく手を振ったスタンドには井村さんと立花さんの姿がありました。





小林:「井村先生にほめてもらうことが、私たちにとってうれしいです。」
乾:「先生に会いたいです。」

会場をあとにしようとする乾のもとに、電話がかかってきました。



乾:「もしもし、乾です。こんばんは」

井村さんです。

乾:「壁はまだまだ高いなって思いました。けど、素直にうれしかったです。ありがとうございました。」

電話を終えた乾さんは、こう話してくれました。

乾:「先生が見てどう思うか気にもなっていたし・・、いろいろあったんすけど・・・」


  

そこまで話すと、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれます。

乾:「メダルを取れるのと取れないのでは大きい違いやけど、あなたたちは93点の選手じゃないし、もっと出来るはずやしって言っていただきました。」

日本には、強くなりたい選手がいて、それを強くしたいコーチがいる。それだけは確かです。





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編集後記

スポーツ界には「アスリートファースト」という言葉があります。
何よりも選手を大切に一番に考えていこうという基本理念です。
競技団体などの組織は、選手をバックアップする体制をとることが求められています。
もちろん競技団体も、日本を強くしたいと思ってさまざまな方策を施そうとするのでしょうが、本当に選手のためになっているのか、そこを冷静に考える必要がありそうです。競技団体の考え方次第で、選手が生きもし、死にもするのです。選手は駒ではないのです。

また、代表選手選考会というのは、どの競技団体でもそうですが、個人種目においては、
選手を選ぶと同時にその選手を育てたコーチが選ばれるのが通例です。デュエットという個人種目で二人の井村シンクロ所属の選手が選ばれながら、それを育成したコーチが代表コーチとして選ばれなかったというのは、とても不自然で説明がつかないものです。正直、一連の取材をしながら、釈然としないものを感じたのは私だけではなかったと思います。

2011年、新しいシーズンに入って、世界の中でまた大きな動きがありました。
7年間をかけてスペインナショナルチームで指導をし、彼女たちをオリンピックで銀メダルの座に押し上げた藤木麻祐子さんが、米国ナショナルチームのヘッドコーチに就任したのです。かつては女王の座にいた米国も北京五輪では日本と同じ5位。シンクロのすばらしさを教えてくれた米国チームを自分の手で立て直したいと、これまでにない新しい方法での指導を提案し、藤木さんは今東奔西走の日々を送っています。

今年2011年、7月にはオリンピックの出場権をかけて、上海で世界水泳選手権が行われます。中国に大きく水をあけられた日本は、米国とも厳しい戦いをしなければいけなくなります。
日本はまたロシアから振り付け師ガーナ・マキシモバさんを招聘し、新しいシンクロを模索する予定です。

それにしても、強くなりたい選手たちがたくさんいるのに、それをサポートする体制がなかなか取れず、付け焼刃的な方策しか取れないのは、どこに原因があるのか、冷静に突き詰める必要がありそうです。


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