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7月12日 男子体操・笠松親子

数あるスポーツの中でも、体操競技は私が大好きなものの一つです。成功と失敗がはっきりとわかるスリル満点のダイナミックな演技。美しさと、たくましさがミックスされた芸術的な身体表現。華麗な女子もいいのですが、私は男子の体操が好き。

日本がこの競技にめっぽう強かったのをもはやご存じない方も多くなっていることでしょう。前回のアトランタオリンピックでは日本は団体で10位という最悪の成績でしたからね。ちょっとお母さんやお父さんに聞いてみてください。必ず一人や二人、昔の選手を覚えていて、その話をしてくれるはずですよ。とにかく小野喬、遠藤幸雄、加藤沢男、監物永三、笠松茂、塚原光男など国民的英雄だったのですから。

そうそう、選手の名前は知らなくても、カサマツ跳び、ツカハラ跳びなどという技につけられた名前は皆さんも聞いたことがあるんじゃないでしょうか。

1960年のローマ五輪から1976年のモントリオール五輪まで日本の男子は団体で5大会連続優勝。9大会でメダルを連続取り続けてきたのです。それがもろくも崩れたのが前回のアトランタ五輪でした。史上最悪の10位。もう体操ニッポンは終わりか・・・・・・そんな嘆きも聞こえてきましたが、いやいや、ご心配には及びません。
シドニーでは素敵な若者たちが活躍してくれることでしょう。

先日シドニーオリンピックの代表選考会が石川県の金沢で行われ、笠松昭宏選手も選ばれました。すでに昨年から代表に決定している塚原直也選手がムーンサルトを発明した塚原光男さんの長男であることはよく知られていますが、笠松昭宏のお父さんもまた体操ニッポンの黄金時代をになった一人です。

実は1975年の世界選手権の個人総合チャンピオンに輝いた笠松茂選手は、その2年後のモントリオール五輪で、個人総合金メダル間違いなしといわれていました。日本人離れした長い手足。美しい体の線。私も大ファンでした。ところが運悪く大会中に盲腸になってしまい、試合にでることができなくなってしまったのです。このモントリオールオリンピックの年に生まれたのが、長男昭宏くんでした。

小さい頃からその話を聞かされて育ってきた昭宏くん。今回オリンピックの代表に初めて選ばれきっぱりと「いつかはオリンピック個人総合で金メダルを取れる選手になりたい」と言っていました。お父さんがかなえることのできなかった夢に、息子がチャレンジする「時代を超えた夢追い人たち」ですね。

お父さんに似て華のある演技をする昭宏くん。そのうちにニュースステーションでこの笠松親子の特集を組みます。楽しみに待っていてくださいね。

 
スポーツ古今東西
 
モスクワ大会に始まり、ロス、ソウル、さらには冬の大会も経験し、シドニー大会がなんとオリンピック取材10回目になる宮嶋泰子アナウンサー。取材ではその選手の持っている「根」を掘り起こそうと歳甲斐もなく?大声を張り上げて走り回り、スポーツを縦から見たり横から見たりと大忙し!他とは一味違うスポーツ企画をこのコーナーでぜひお楽しみください。
 
 
    
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