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9月15日 その「一言」を発するために


先日、こんな本が発売されました。



「あの実況がすごかった」
著:伊藤滋之・メディアファクトリー新書

記憶に残る様々なスポーツの名場面。その一瞬、一瞬を当時の実況とともに振り返り、舞台裏・エピソードを記した1冊です。

ほとんどの人達にとって、画面に顔が出てこない実況アナウンサーは、その存在を意識することがないと思います。あるとすれば、「うるさい」やら「聞きづらい」といったネガティブな面が圧倒的でしょうか。力不足ですみません。

ただ、大変ありがたいことに、たまに、「良かった」と感想を頂くことがあります。
どんな時か?

それは、ほぼ間違いなく、
心揺さぶる勝負、会場の熱、音、画作り、TVの前の人達の思い…、そして実況の言葉。全てが一つになった中継が生まれたときです。
「良い試合」があり、全てがみんなにとって心地よく、違和感がなかったから。



一体感に包まれたアジアカップ2011を終えて


フィギュア・仏大会:2007年

そんなときばかりであればいいですが、一方で、実況の一言が「選手達」が繰り広げる「実は『名勝負』」、「見つめる人達の思い」を台無しにしてしまうことも多々あります。

怖いです。
自分の発する言葉が、全てを壊してしまう。



12万人を収容するイラン・アザディスタジアム:2005独W杯最終予選


その「怖さ」を少しでもなくすためには、日々、生活の中で感覚を磨くしかありません。みんなが何を感じているのか、何を期待しているのか、どんな思いでスポーツ中継をみているのか。
そして、何よりも大切なのは、日々、「選手達がどう過ごし、何を思い、試合に臨んでいるか」を感じること。考えること。

そのために「取材」し、「資料整理」をします。



40度を超えるサウジアラビアにて:2007北京五輪最終予選


実況アナウンサーにとって、この二つは絶対に欠かせません。「取材」して得られたものを「整理」する。

よく、「実況アナウンサーは中継時以外、何をしているんだ?」と言われます。「画面に顔も出さないし、仕事をしているのか?」「暇なんだろ?」「資料整理が長い!」「そんなのすぐ喋れるだろ!」と(笑)



たまには息抜きも:2010バンクーバー五輪


「整理」するのは、取材したメモをまとめるだけではありません。

紙に記しながら、「選手達の思い」を改めて感じ、そこから自分自身が「感じる」ことを整理する。
この作業に、中継の何倍もの時間をかけます。心の中の「怖さ」を取り除きつつ、少しでも心地よいと思ってもらえるように、違和感なくそのまま選手達の思いが伝わるように。

試合に筋書きがないように、実況にも筋書きはありません。こちらも、一瞬一瞬が勝負です。その瞬間にどんな言葉を発するか、どんな言葉が出てくるかは、自分でも分かりません。
ただ、そのときに、少しでも「伝わる」言葉が出てくるために。その瞬間にかけている選手達の思いを考えると、この作業をさぼることは絶対にできません。



応援する人たちの思いもあります:2010南アフリカW杯


季節は秋。スポーツ中継が目白押しです。一つでも多くの名場面を皆さんにお届けできるように、決して壊してしまわないように、精進します。

みなさんのイメージするアナウンサー像とは、かけ離れているかと思いますが…。

残業も最大限減らす努力をしますが、少々増えてしまうかと思います。お許しください(誰に言ってるんだか:笑)

   
 
    
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