前の記事を読む 次の記事を読む  

トップ > パーソナルトップ > プロフィールトップ > エッセイバックナンバー
 


9月25日 映画「キャッチボール屋」を鑑賞

映画『キャッチボール屋』―「エース不在の面白さ」

わたしがこのタイトルに惹かれたのは、去年の甲子園出張、
そして今年の高校野球の斉藤選手を始めとする球児たちの笑顔と涙を見たからに違いない。

しかし『キャッチボール』と言いながらも、
この作品は野球という服をまとっているだけで、
奥底には舞台を行き来する人間たちの(熱くはないが)一生懸命なドラマが描かれているのである。

それもそのはず。
高校野球の試合とは違って、キャッチボールは戦いではない。
相手が取れるところにボールを投げ合うことが決まりごと。
相手のことを考えてあげるということが大前提にあるのだ。
心の、或いは会話のキャッチボールなどといった表現があることからも、それがわかる。

リストラされてしまった主人公・タカシ(大森南朋)は公園で出会った謎のおじさん(庵野英明)に突然「キャッチボール屋」を任される。
10分100円でキャッチボールの相手をするのが仕事だ。
高校時代は3年間補欠選手だったタカシは思いもよらない仕事を押し付けられてしまった。

そこで出会う様々なキャラクターたち。
ちょっと変わったOL(キタキマユ)は、待ち人がいる。
ちょっと変わったサングラスおじさん(寺島進)は、元・高校球児。何か熱い思いを胸に秘めて、夜中まで投球練習に励む。
ちょっと変わった父親(光石研)は、息子にキャッチボールが下手だと言われて悔やんでいる。
ちょっと変わった借金取り(水橋研二)は、気まぐれでおしゃべり、でも本当はいいヤツ。
ちょっと変わった売店のおばちゃん(内田春菊)は、優しいおっかさんタイプ。

彼らは皆、それぞれに人生の中で迷いを抱えて、しゃがみこんでしまった人たちだった。
そしてタカシは自分もまた、その一人だったのだということに気がつく。

この作品の凄さは「エース不在の面白さ」と言えるだろう。
こんなに不可思議で濃いキャラクターが揃っているのに、華々しい主役が見当たらない。
そしてほとんどの人(一部の人にはあるのですよ。これが見ものですから詳しくは言えません)に、これといってドラマティックな出来事がない。
舞台はどこにでもあるような都会の真ん中の公園。
メインの役者が(野球っぽくあえて言うなら)、エースが不在なのである。

のんびりとした昼下がりの公園なのに、居酒屋のような雰囲気さえ漂う。
高校野球の汗臭さ、青春の只中といった雰囲気はどこにもない。
どこかくたびれた空気でいっぱいなのだ。
そしてインターネットや携帯電話といった近代的なものも一切登場しない。
時代が違うのでは?とまで思わせるレトロな音楽(SAKEROCK)まで流れ出す。

そこに、ただひたすらボールのやり取りの音が響く。
時に重たく、時に軽やかなその音は心を映し出しているに他ならない。

思った。
私が今キャッチボールをしたら、どんな音を立ててボールは弧を描くのだろうか。
私が本当にキャッチボールをしたい人は誰なのだろうか。
映画を見ていると、自分の心に素直になってしまう。

どこにでもありそうな光景の中に余すところ無く散りばめられた日常らしさは、
実は私たちの手元にはないものなのだろう。そして一番欲しいものだ。
だから妙にノスタルジックで、めっぽう恋しくなる。駄菓子屋を見るとつい入ってしまうのと似ている。

手に入りそうで、手に入らない。
憧れる日もあれば、笑い飛ばしたい日もある。
そんな郷愁の世界がこの公園なのである。

この作品はドラマティックじゃない日々を愛すべきものだと思い直せる要素が満載だ。

「なんだ、あたしってこんなでもいいんじゃん。」
そう言ってまた明日からの日々を深呼吸して向かえられそうだ。

ただ、上映の後半、あなたが油断していると、とんでもなく鮮やかな時間が訪れるのでご注意を!!

それはハンカチ王子が見せたあの再試合と同じくらい
手に汗握る瞬間だから。
作品データ
「キャッチボール屋」
監督 大崎 章
脚本  足立 紳
音楽  SAKEROCK
出演 大森南朋 キタキマユ 寺島進 松重豊 光石研 水橋研二 内田春菊
    庵野秀明 三浦誠己 康すおん 峰岸徹 キム・ホジョン(特別出演)
配給 ビターズ・エンド、トランスフォーマー、ハピネット/2006/日本
※ 10/21(土)より新宿K's cinemaにてロードショー

・・・矢島悠子の近況・・・
キャッチボールといえば、やっぱり「会話」のキャッチボールを考えてしまいますが、言葉で相手に何かを伝えるって本当に難しいことですね。

同じ時を同じ場所で過ごしたとしても、紡ぎ出す言葉は人それぞれ。
同じ風景を見ても白いキャンバスを埋める絵の具の色は人それぞれ。
なかなか思うようには伝わらないものです。うぅ。

甲子園のマウンドに立っていた斉藤“ハンカチ王子”佑樹投手が輝いていたのは、
彼の努力とさわやかさに加えて、
仲間との信頼関係が出来上がっていたからだと思いました。
特にキャッチャーとの信頼関係があってこそ、
あんなに眩しかったのではないでしょうか?
「会話」のキャッチボールにもそれが共通するものなのだとしたら、
私も斉藤投手のように周りの人たちと信頼関係が築ければ、
うまく気持ちが伝えられるのかもしれません。

私の思いがきちんと伝えられるよう、
一人でも多くのキャッチャーを見つけられるよう…
2年目の秋が大きな収穫期になるよう笑顔で頑張ります!

 

 
 
    
前の記事を読む 次の記事を読む  

トップ > パーソナルトップ > プロフィールトップ > エッセイバックナンバー