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Vol.79 「館林にて」(2009/04/27)

沖縄の梅雨が明けて、
東京では、真夏日にうだることもしばしば。
日傘と雨傘を、くるくる使い分けて。


ひまわり くるくる

季節はとうに、春から夏へ。
長らくの停滞をお許し下さい。
久しぶりの、新聞コラムです。




葉桜に変わりゆく四月のなかば。
その日は真夏日にこそ届きませんでしたが、
季節はずれの暑さを取材するため、群馬県の館林を訪れました。

ツツジが美しい森林公園。水辺沿いのしだれ桜は、暑さにうだっています。
一斉に一礼しているようにも見えるそのさまに、入社式の新入社員が重なります。

歩いていると、程なくしてじんわり汗ばんできました。
カメラ助手の若い女性は、慌てて日焼け止めクリームを塗ったのか、
鼻の頭にほんのり白く初冠雪。
カメラマンはジャケットを脱ぎ、Tシャツで撮影を続けます。
噴水のまわりでは、子どもたちが水遊びをしていました。
浮き輪とおなかのあいだに陽光がつるりと滑りこみ、
その横では、お父さんが懸命にビーチボールを膨らませています。

ゆっくり日傘をまわす、若いお母さん。アイスキャンディーをほおばるおじいさん。
きっとまた、明日は何もなかったように、春になる。
錆びた遊具にも色をさす、いつもと違う休日。

帰りの車中。
高速道路へと向かう途中の、長い並木道。
フロントガラス一面に、桜と葉が静かに打ちつけられます。
視界を阻む、さくら色ときみどり。
昔、アニメで見た、タイムマシンの背景画面を彷彿させるような。
るるるるるる。
あるいは、うさぎを追いかけて穴に落ちた、不思議の国のアリスのような。
るるるるるる。
時間軸が曲がり、このままどこかに迷い込みそうになります。
一面の、さくら色ときみどり。

桜葉にすっぽり包まれた我々は、さくらもちのように頬を染めて、
甘やかな気持ちで、しばらくのあいだ黙っていました。


(「日刊ゲンダイ 週末版」4月27日発刊)
   
 
 
    
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