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Vol.20 「家族」 (2005/07/02)

親子の殺人事件、兄弟の確執。
最近、家族をめぐる事件が紙面を占めている。

家族。
誰もが母親から生まれてきたという事実。
ニュースが報じられる中で、家族という小さな集まりを改めて考えた時、
思い出す過去の光景がある。

私たちはボートに乗っていた。
オールを漕ぐ父、向かいに座って小さな妹を抱く母、その間にいる私。
買ってもらった大きな棒付きキャンディをすぐに食べるのが惜しくて、
ボートから身を乗り出し、水面の光にきらきらと反射させていた。
「落ちるからやめなさい」
母が注意するのも聞かず、水際でキャンディをかざす。
「おかあさん、みて!みて!」
その途端、案の定、キャンディはちゃぽんと池に落ちてしまった。
「だから言ったでしょう!」
母は、私を心配して叱った。
私は、おかあさんにきらきらを見せたかった。
嬉しいことも、悲しいことも、まわりのすべての出来事を、母に告げたかったのだ。
 
今でも、母とは電話でよく話をする。
近況報告が、徐々に弱々しくほころび始めた時、決まって言われることがある。
「祐子だけが、辛いわけではないでしょう?」
分かってはいるけれど、どこかで母には優しい言葉をかけてもらいたい。
そんな甘えに気が付きながらも、言葉はどんどん毛羽立っていく。
「お母さんは、いつもそうやって、私に厳しいじゃない」
こういう時、普段は母に強く言い返されるのだが、先日は違った。
「…家族のことをどう思っているの?」
電話口で、何も言うことが出来なかった。
「人生って…何だろうね」
ぽつりと、母がつぶやいた。
理解してもらって当たり前。
自分だけを分かってもらおうとしてきた。
家族という包み紙にくるまれた、ただただ甘いキャンディ。

改めて、家族という小さな集まりを考える。
先日帰省した時、母は食卓で熱心にパンフレットを眺めていた。
結婚して以来、初めて友人と旅行に行くらしい。


(「日刊ゲンダイ」7月2日発刊)
   
 
 
    
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