前の記事を読む 次の記事を読む  

 
 

Vol.31 6月21日 『かもめ食堂』

フィンランドのヘルシンキは、丸いカモメがゆるりと空を飛ぶ港町。
そこにひっそりと佇む、小さな食堂のお話です。

「かもめ食堂」(ruokala lokki)を営んでいるのは、日本人のサチエさん(小林聡美)。でも、来る日もお客さんはやって来ません。それでも彼女は、毎日せっせと食器をピカピカに磨いています。
メインメニューは、おにぎり。他にも、豚のショウガ焼き、鮭の南蛮漬け、パプリカのきんぴら―シンプルでおいしい献立が、サチエさんのこだわりです。
そんなかもめ食堂を、ふとしたきっかけで二人の女性が手伝うことになりました。カフェで『ムーミン谷の夏まつり』を読み耽っていたミドリさん(片桐はいり)と、空港でスーツケースを失くしてしまったマサコさん(もたいまさこ)です。

サチエさんは、合気道の心得がある。
ミドリさんは、ガッチャマンの歌をフルコーラスで歌える。
マサコさんは、なにやら訳ありげ。

詳しいプロフィールは、語られません。
本人どうしも、お互いを語りません。

例えば、食卓の前で、ミドリさんが突然号泣してしまった時。
サチエさんは、無言で箱ティッシュを差し出します。

スーツケースの見つかったマサコさんが、かもめ食堂を後にする時。
サチエさんは、多くを聞くことはありません。
 
言葉は湯気のように、発せられることなく消えていきます。
でも、そのぬくもりは、ずっと消えないのです。

べたべたしない。
でも、大らかに包み込む。

まるで、サチエさんのおにぎりみたいだと思いました。
お米はべたつかず、ひと粒ひと粒が立っていて。
ぱりぱりの、大きな海苔に包まれていて。
 
強すぎたら、お米がつぶれてしまいます。
弱すぎても、形が崩れてしまいます。
つかず、離れず。 
その距離感は、拒絶でも、無関心ゆえでもありませんでした。

人との距離のとり方は、友達であれ、親子であれ、とても難しい。
個々が向かい合った時、ともすれば踏み込み過ぎたり、冷たくなったり。
お互いの物差しを巻尺のように伸縮させて、適尺を調整しなければなりません。

現実社会を生きる以上、当たり前のように私たちに内蔵されている巻尺が、物語の中では、まるで美しいリボンのように描かれていました。
みるみるうちに、気持ちがするすると解かれていきます。

そういえば、かもめ食堂では、お金を払う場面は一切出てきませんでした。
北欧の白夜も、お日様の足並みを随分とゆっくりにします。
「金銭」「時間」といった現実の枠組みを飛び越えているからこそ、この心地よい距離感が生まれるのかもしれません。

ほかほか、もぐもぐ。
まあるい笑顔で、ごちそうさま。

現実を知った大人のための、おとぎ話のような。

ところで、誰かが握ってくれたおにぎりは、どうしてあんなにおいしそうなのでしょう。
エンドロールが終わるまでは、おなかの音にご注意を。

♪作品データ♪
『かもめ食堂』
監督/脚本: 荻上直子
原作: 群ようこ
出演: 小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ、マルック・ペルトラ  ほか
配給: メディア・スーツ/2006/日本
※公開中 シネスイッチ銀座ほか
『かもめ食堂』公式サイト
http://kamome-movie.com/


 

【おまけ】
映画に登場する、北欧製品にも注目です。
 シンプルで洗練されたiittala(イッタラ)の食器。
大きな花柄がかわいらしいmarimekko(マリメッコ)のハーフコート。
上映後は、グッズを求めて並ぶ女の子たちの長蛇の列が…。
当時売り切れだったiittalaのマグカップに、最近ようやく出会えました(↑)。

   
 
 
    
前の記事を読む 次の記事を読む