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Vol.1 (2000/06/23) 京都パープルサンガ
  
2ndステージ開幕にむけて、パープルサンガの練習場、サンガタウンをたずねた。

サンガのグラウンドの隣には、鬱蒼と木の生い茂る丘。
丘の上には高校の一角が見える。
丘の傾斜を使って、高校生たちが陸上トレーニングに励んでいる。
坂道を駆け上がり、へとへとになって短い休息を取る彼らが、サンガのグラウンドを眺めている。
彼らの掛け声、駆け上がる足音、時折聞こえる鳥のさえずり以外に、これといった音は聞こえない。
何より車の走る音がしないのが、日常を忘れさせる。
静かなところだ。

それにしても、静かである。
グラウンドはきれいに整備されていて、芝のふかふかした感触が嬉しい。
周辺に木が茂っているせいか、空気がおいしい。
山登りをしたときのような草木のにおいがする。
この日は、空気が目に見えるような、ことさら湿度の高い日だったから。
学校のプール、子供の時の夏休み、そんな記憶がふと蘇る、懐かしい空気のにおいがたちこめていた。

1stステージを散々な結果で終えたサンガは、もう後がない状況にいる。
1stステージを終えて勝ち点わずか7。
昨年のJ2降格ラインの勝ち点は28で、今シーズンも勝ち点30が残留の目安。
サンガ、正直かなり厳しい。
2ndステージ、90分以内の勝利なら8勝して勝ち越さないとJ1には残れない。
そんな中、加茂監督が去り、コーチのエンゲルスが監督に昇格した。
これまであらゆる修羅場を乗り越えてきたキング・カズは、降格の危機に瀕したチームでどんな心境でいるのだろうか。
同じ危機でも、セリエAジェノアでの立場とは明らかに違うはずだ。
チームから、そしてサポーターからの期待も大きいだろう。

湿気を多く含んだ空気の中、練習に励む選手たちの汗は尋常ではなかった。
既にウォーミングアップの時点で水分補給する姿が目立つ。
「すげー湿気だなあ。」
そんな声があちらこちらから聞こえる。
カズも汗びっしょりだった。
熱さのあまり、半袖のTシャツを捲り上げていたカズ選手。
顕になった三角筋と上腕三頭筋を見て息を呑んだ。
弛まぬ努力の賜物であろう、一層逞しく鍛え上げられているではないか。
次の練習へと動きが変わる際にも、率先して位置につく。
彼の練習に対する姿勢、熱心さを裏付けるエピソードは数知れない。
先日のハッサンU世杯ジャマイカ戦でカズ選手を途中出場させたトルシエ監督の「彼の人間性へのプレゼントだ」という言葉がふと脳裏を掠めた。
33歳。年齢的なことを考えると、全盛期のようにはいかないことも多いはず。
なのに、捨て鉢にならない。
クールにこなすというよりも、あえて一生懸命なところを隠さない。
おもわず心動かされる。
彼を尊敬する若い選手が多いというのも、静かに納得してしまった。
限られた時間を、最大限に意義あるものにしようという熱意が漲っている。


練習を終えた直後のカズ選手に、厳しいチームの状況にまつわる質問をいくつかぶつけた。
短い時間でチームをどうにか立て直そうという焦燥なのか、緊迫なのか、それとも意地なのか、どんな彼の気持ちを垣間見ることができるだろう。
正直、話を聞いてみるまで予想がつかなかった。
「目の前の試合に勝っていくだけ。1stステージはとにかく、チームとして気持ちが足りなかったと思う。」


技術的には格段の進歩を遂げつつある日本サッカー界。
もちろん技術のレベルアップは目覚しい。
私もそこに惹きつけられている一人だ。
とはいえ、修羅場を乗り越えつづけてきた、経験に裏付けられた選手の発する「気持ち」という言葉は、やはり重い。

そして、余裕が無いはずの状況にいてなお鷹揚。
三浦知良、やはりどこまでもキング・カズである。

 

 
萩野志保子のGrassWorld
  サッカー中継、「速報!スポーツCUBE」のサッカーコーナー担当。サッカーを愛してやまない萩野志保子が、Jリーグ・日本代表取材記はもちろん海外サッカーなど、萩野ならではという視点で綴っていきます。  
 
    
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