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1月28日 ゴーストフィッシング(幽霊漁業)取材後記

韓国にもっとも近い島、長崎県対馬。
リアス式海岸に囲まれ、山は緑が濃く、秋には紅葉も美しい、風光明媚な離島です。直線距離にしてわずか50キロしか離れていない韓国から、船で渡ってくる観光客も数多く見られます。

しかし、この島が、近年、同じ韓国から大量に流れてくるゴミに悩まされています。
そして、その漂着ごみの6割が、実はブイや網などの韓国の漁師が使う漁具で、これが、今、対馬の海岸だけではなく、沖合いの海底でも大きな問題を引き起こしているのです。



対馬の海岸を歩くと、漂着ごみの中でも特に目立っていたのが、見たこともない円錐形をしたプラスティック製の黒い物体でした。
いったいこれは何なのか?
取材はここから始まりました。



地元の方に聞き調べたところ、実は韓国でアナゴ漁に使われる漁具だとのこと。
日本でもアナゴ漁で似たような漁具を使うそうですが、対馬の海岸に転がっているのは、なぜか韓国製のものばかりなのです。

いったいなぜ、韓国のものばかりが、日本の海岸を埋め尽くしているのか?
そのなぞを探るため、私たちは、高速船に乗って海を渡り、一路、韓国のプサンを目指しました。

プサンは、晴れた日には、対馬の高台からその町並みが肉眼ではっきりと見えるほどの近さです。
約2時間の航海でプサン港に到着しました。

プサンの港には、大型の貨物船に混ざって、大量の魚網などを積んだ漁船も数多く見られました。
その漁師たちに話を聞いてみると、「アナゴ漁に関してはここプサンではなく、近郊にあるトンヨンという町に行ってみるといい。トンヨンで、あの黒いアナゴ用の漁具が大量に作られていて、そこは韓国一のアナゴ船団の母港になっている。」とのこと。
私たちは、早速そのトンヨンに向かいました。

プサンから高速を車で飛ばして約2時間、韓国南部の港町、トンヨンに到着しました。
確かに港には、あの黒いアナゴ漁具が大量に山積みされ、たくさんのアナゴ漁船が停泊していました。



そのうちの一隻の船長から、興味深い話を聞くことができました。
船長いわく、「あの黒い漁具は、アナゴ筒と呼ばれるもので、韓国のアナゴ漁では大量に使っている。その数は、1回の漁で、1隻、1万個から1万5千個になる。」とのことでいた。
驚くべき話です。1万5千個というのは、日本のアナゴ船が使う数の約10倍にもあたるのです。

アナゴ漁は、非常に長いロープにアナゴ筒をくくりつけてそれを海の中に投げ入れる形で行われます。
そのひとつひとつの筒の間隔は約10メートル。
ということは単純計算で、韓国のアナゴ船が、一回の漁で投げ入れる仕掛けの長さは、直線距離にして150キロ!
対馬とプサンを1往復半する距離に匹敵するという膨大な長さなのです。

さらに、漁師の一人は興味深い証言をしました。
「古くなった筒は船から海に捨てるし、筒が海底に引っかかったら、仕掛けを切って捨ててしまう。大体、アナゴ漁では、筒の1割は、海中で無くなってしまう。海底には無数のアナゴ筒が沈んでいるはずだ。」というのです。

海底に遺棄された膨大な数のアナゴ筒、一体そこで何が起きているのでしょうか?


みなさん、ゴーストフィッシング(幽霊漁業)という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

海底に捨てられた漁具が、その機能を維持し、仕掛けの中に次から次へと魚が入りこんでしまう現象を言います。
その仕組みはこうです。いったん仕掛けの中に入った魚は出られず、その中で息絶えます。
すると、その死骸が新たな餌になって、次の魚が入ってしまいます。
さらに、漁具はプラスティック製のため、海の中でも自然分解しません。
ですから、ゴーストフィッシング(幽霊漁業)は、半永久的に続いてしまうのです。



対馬沖の海底でも、相当な規模のゴーストフィッシングが起きているのではないか?

取材班は、底引き網漁船に同行して、対馬沖の海底の状況を調べました。
すると、網を引き上げる度に次から次へと、海底に遺棄された漁具が、あがってくるではありませんか。
漁具の中には、あの韓国製のアナゴ筒も大量に混ざっています。
そして、そのアナゴ筒を開けてみると、たくさんのアナゴや魚、さらに魚の死骸が出てきたのです。



この問題を研究している専門家によれば、刺し網やかごなどの漁具であれば、漁師さんが海中に捨てた後は、必ずと言っていいほど、ゴーストフィッシングが起きるそうです。そしてそれは、日本も含めて世界中の海で起きているそうです。

また、日本のある地域で、ある水産資源を対象に調べたところ、その水揚げ量に匹敵する量が、ゴーストフィッシングの被害にあっていたという調査結果も出たそうです。

対馬のアナゴ漁師によれば、対馬でとれるアナゴの量は、最盛期の5分の1位にまで落ち込んでしまっているそうです。
アナゴ自体が減っていると漁師は嘆いていました。

周囲を海に囲まれた日本では、水産資源は、私たちの生活とは切っても切れない大切な財産です。そして、私たちが利用できる水産資源は限られています。
今こそ、このゴーストフィッシングという問題に、しっかりと向き合って、何らかの対策を打たなくてはいけない状況にあるのではないかと、今回の取材で実感しました。

   
 
 
    
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