山口 豊

  1. top
  2. アナウンサー一覧
  3. パーソナルコラム
ボイスサンプル
身長
177cm
出身地
埼玉県さいたま市
出身校
県立浦和高校→
早稲田大学
入社年月日
1992年4月1日
星座
天秤座

担当番組

スーパーJチャンネル
(土)夕方4時30分~6時
※地域によって放送時間が異なります
ANNスーパーJチャンネル
(日)夕方5時30分~6時
※地域によって放送時間が異なります
スーパーJチャンネル
(月~金)夕方4時50分~7時
※地域によって放送時間が異なります
◇コーナー「真実の行方」担当

過去担当番組バナー

山口豊のホットなニュースブログはこちら

2017/7/25  8月6日スクープスペシャル、ビキニ事件63年目の真実、ぜひご覧ください!

8月6日(日)広島原爆の日にぜひ見ていただきたい番組があります。
午後1時55分から放送(一部地域を除く)のザ・スクープスペシャル、
「ビキニ事件63年目の真実」です。


http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/

広島、長崎に原爆が投下された翌年、アメリカは太平洋に浮かぶ環礁の島国・マーシャル諸島で核実験を始めました。そして13年間にわたって67回もの核実験を繰り返しました。
なかでも、1954年3月に行われた水爆実験ブラボーは、広島原爆の1000倍の15メガトンという当時最大の破壊力を持つ核実験でした。
そして、この核実験での放射性降下物、いわゆる死の灰を浴び被ばくしたのが、マーシャル諸島の住民、そして近海で操業していた日本の第五福竜丸の乗組員だったのです。

実験から63年、当時、マーシャル諸島の住民や第五福竜丸に何が起きていたのか、被ばくした人たちは今どうしているのか、なぜ、アメリカはあの場所で核実験を強行し多くの住民たちを被ばくさせたのか?
今回、私たちは、現地マーシャル諸島やアメリカ・ネバダ州の関連施設を徹底取材しました。
今も被ばくの後遺症に苦しむマーシャルの人々や第五福竜丸の生存者たち、誰も帰島しない汚染された島の現状などを取材。さらにこの核実験がマーシャルの島民を対象にした人体実験だったことを示す驚くべき公文書をアメリカ・ネバダ州で入手しました。

ぜひ見ていただきたい番組なのですが、今回のコラムでは、まず、取材で訪れたマーシャル諸島の現状についてご報告します。


機内

私たちが最初に向かったのは、マーシャル諸島のビキニ環礁です。
まさにこの場所で63年前、水爆ブラボーは炸裂しました。私たちは小型飛行機をチャーターして現地上空を飛行しました。非常に美しいブルーやエメラルドグリーンの鮮やかなコントラストの海に思わず息をのみます。そして、その中でもひときわ濃いブルーの巨大な円形の部分が目に飛び込んできました。これこそが、水爆実験ブラボーで出来たクレーターで、直径は2キロ、深さは70メートルもあるそうです。


ビキニ環礁

ビキニ環礁は核実験で汚染されたため、今も島民は住んでいません。一度は島民が帰島しましたが、甲状腺がんなど健康被害が相次ぎ、島民は島を脱出したのです。もぬけの殻になったビキニ環礁ですが、自然の力で海は本来の姿を取り戻しつつあります。今では、放射線の被害を気にしないダイバーたちが、核実験でビキニの海底に沈められた当時の戦艦などを目当てに、世界中から集まってくるそうです。確かにクレーターから離れた場所にある小島には、宿泊用のコテージが建てられているのが上空から確認できました。

続いて、我々が向かったのが、ビキニから東へ180キロ離れた環礁の島、ロンゲラップ島です。この島こそが、水爆実験ブラボーの時、島民86人が島から避難させられることもなく、丸2日間、死の灰を浴び被ばくした場所なのです。

上空から見るとやはり非常に美しい環礁の島なのですが、ここも全くと言っていいほど人気がありません。この島はアメリカの安全宣言を受けて、島民が2度にわたって帰島したものの、多くの人が甲状腺がんを患うなど深刻な健康被害が相次ぎ、全員が島を後にしたのです。

私たちが滑走路に降りると、島で除染にあたっている作業員数人が集まってきました。しかし、住民の姿はなく島は驚くほど静かです。滑走路は比較的しっかりしていてアスファルトで固められていました。ただ、その下には、除染作業で出た膨大な量の汚染土が埋められているということでした。


ロンゲラップ空港

島の関係者に頼んで手配した車に乗って、1分も進むとすぐに住宅街につきました。美しい白を基調にした家々が立ち並んでいるのですが、ここも全く人気がありません。立ち並ぶ家は、島民が帰ってきた時に備えて建てられた復興住宅だそうです。しかし誰も入居していないのです。今、島に住んでいるのは除染の作業員など27人だけだそうです。
新しい町は作られているのに、住民のいない島・・・。南国特有のまぶしい太陽の日差しの下、何とも異様な光景が広がっていました。


ロンゲラップ復興住宅

今回、ロンゲラップ島には、元島民の方々と一緒に入りました。
その一人、元国会議員のアバッカ・アンジャインさんは、除染は島の3分の1しかされておらず安全性の問題から帰島はできないこと、また、これまでの経緯について住民の間に強い不信感があることを語っていました。ちなみにアバッカさんの父はがんで亡くなっています。

もう一人同行してくれたのは77歳になるレメヨ・アボンさんです。レメヨさんも、父親をがんで亡くしています。レメヨさんは63年前の被ばく当時も島にいて、その際のことをしっかり覚えていました。
核実験の直後、島民は空から降ってきた白い粉が何だかわからず、死の灰をなめたり飲んだりして丸2日間過ごしたそうです。すぐに全員が激しいおう吐や頭痛に襲われ、脱毛したり皮膚をやけどするなどしました。その時は駆けつけた米軍に救助され島を出ましたが、3年後、除染が済んだというアメリカの指示に従って帰島。しかし、その後の島での生活でも甲状腺がんや乳がんなど深刻な病気を患う島民が相次ぎ、女性は流産や死産が続いたそうです。中には、体に異常のある子供が生まれるということも度々あったそうです。
島民は1985年にようやく2度目の脱出をするのですが、この間のひどい体験の記憶が今も島民の間に強く残っています。2010年にアメリカは除染が完了したとして再び安全宣言を出すのですが、誰もそれを信用せず、一人として島には戻らないのです。

そして、この大変な人生を送ったロンゲラップ島の住民たちが、実は、核兵器による人体実験の対象だったことを示す公文書が、情報公開により次々に明らかになったのです。

私たちはその真相を求めて、アメリカのネバダ州に向かいました。アメリカでの取材については、また次回のコラムでお伝えします。


ロンゲラップ島にて

今回の取材の全容は、8月6日(日)午後1時55分から放送の(一部地域を除く)ザ・スクープスペシャル、ビキニ事件63年目の真実でご紹介します。

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/

広島の原爆の日にじっくりと見ていただきたいドキュメンタリー番組です。
ぜひご覧ください!

このページの先頭に戻る