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7月3日 実況ヤングライオン 続編

吉野アナが6月9日に書いたコラム「実況ヤングライオン」を受けて・・・
私、野上が続編をお届けします。


初めてプロレス実況を担当してから1年4カ月が経過しました。
まだまだ未熟な自分の実況に、自らの戦いによって「エール」をくれる一人のレスラーがいます。

がむしゃら。ひたむき。あきらめない。デビュー2年目、岡田かずちか選手です。
私がプロレス実況デビューを果たしたのとほぼ同時期にデビューを果たした選手。
まだ実績は何一つありません。ただ、誰に対しても臆することなくドロップキックを放つ姿は、確かに人を惹きつけます。

岡田のデビュー以来、私はずっと岡田の戦う第0試合や第1試合を実況してきました。
実況で上手に伝えられないもどかしさを抱えながら岡田の試合を喋っていると、こちらが勇気づけられる場面が多々あります。
何度でも立ち上がる姿を「勝てないとしても、未来への可能性を示せ」と実況する私。
それはまるで、自分に言い聞かせるかのようです。
自分と似た境遇にいる岡田の姿を自分と重ね、私は岡田かずちかという新人レスラーのファンになりました。

そんな岡田が、大阪で行われる大会で、大チャンスを手にしました。
これまでのファイトスタイルが認められ、NOAH最強の証・GHCヘビー級ベルトを持つ男・潮崎豪と戦うことになったのです。
潮崎は、NOAHの象徴、三沢光晴さんが最後にタッグを組んだ男です。あの三沢光晴さんが最後に認めた若き逸材です。
絶対に負けられないNOAHとの対抗戦。相手は、他団体の王者。
ヤングライオンが、他団体の王者に本気で噛みつくチャンスが巡ってきたのです。

たった一人で新日本プロレスの看板を背負うことになった岡田の大一番。

野上よ。ここで動かなければ、いつ動く。
「どうしてもこの試合を実況したい!」その気持ちの高ぶりを、抑えることは出来ませんでした。


エース吉野アナを襲う実況ヤングライオン野上。狙え。下克上。

今までの中継の流れを考えると、私がその試合の実況を任されることは、ほぼ皆無な状況。
私はスーツに着替え、ワールドプロレスリングの番組プロデューサーのもとへ…。
試合の約20日前。初めての直訴でした。

「自分は古澤さんや吉野さんのように上手に実況することは出来ません。
ただ、岡田選手の気持ちなら誰よりもわかります。岡田・潮崎戦を、自分に喋らせてもらえないでしょうか。」

これまで実況に対して確たる自信の持てなかった私が、初めて起こした積極的なアクションでした。
不敵な笑みを浮かべたプロデューサーは「検討しておくよ」と一言。

その後、特別な返答などなく一週間が経過したある日のことでした。突然、番組ディレクターが、
「今度の大阪、岡田の試合、喋ってみるか。多分お願いすることになると思う。」
短い言葉。「頑張れ」や「任せた」ではなく、ただそうそっと伝えられました。
自分の中で芽生えた確かな「覚悟」。プロレス班に入って、初めて自分に何かが託されたような気がしました。
ひょっとすると、岡田の気持ちと少し似通ったものがあったかもしれません。

6月20日。試合当日。試合前に岡田のインタビューを撮影しました。聞き手は私。
ひとしきりインタビューが終わった所で、聞き慣れた声が突然後ろから飛んできました。

「岡田選手、実は今日の実況を担当するのが、この野上なんです。実況ヤングライオン野上にとっても、勝負の実況だと覚悟決めてきてるみたいなんですが、何か野上に対して言葉はありますか?」

吉野アナの「愛」ある声でした。
岡田は、私が岡田の実況をこれまで担当してきたことを知っています。
険しい表情から一転、笑顔になって、
「自分も勝負かけた最高の試合をするんで、最高に熱い実況よろしくお願いします!」と岡田。
「わかりました。必ず熱いハートで喋ります。」と私。
少しはにかみながら、握手を交わしました。
振り返り、武者震いがしました。


プレッシャーをかけるエース吉野アナに、もう一度

緊張と緊迫感に包まれた試合は壮絶な試合になりました。
岡田は宣言通り、最高に熱い試合を見せてくれました。
新日本ファンの、初めての大「岡田コール」が大阪を包みました。

私は、実況中に初めて途中で腹筋が痛くなり、声がかすれ始めました。声の限界に達したと感じました。
ただ、目の前で起きている岡田選手の魂のドロップキックを伝えるのに、抑えた声など似合わないと思いました。
全ての想いを声にしました。かすれたそれは、プロの声ではなかったかもしれません。ただ、気持ちだけは譲りませんでした。
古澤アナ、吉野アナ、大西に、気持ちで負けたら何で勝てると言い聞かせました。


気持ちでは、負けたらダメなんです。

試合後、古澤アナは、「限界まで挑んでる感じが良かった。限界を知って初めて、声は強くなる。」
吉野アナは、「バランスを考えないでがむしゃらに喋る実況は、今のお前にしかできない。今は、それでいい。」
そして何より嬉しかったのは、プロデューサーの言葉でした。スタッフの打ち上げが終わった後に
「実況について語るか!」と個別に飲みに誘ってくれました。宿泊するホテルの隣にあったバーで、深夜3時半でした。

「あの時、野上が初めて俺の所にお願いに来て、おもしれぇ奴だなと思った。
それなりの覚悟を決めて、それなりの結果を残してくれるんだろうなぁと思って、実況を任せた。
そういう意味では、今日はそれなりの結果は残してくれた。」

プロデューサーによれば、私が残した結果は「それなりの」結果でした。

たかが「それなり」…。
されど「それなり」…。
初めて言われた「それなり」…。

試合までの20日間、プロレスのことしか考えていませんでした。
覚悟を決めて取組み、極度の不安や恐さにも似た何かを抱えながら挑みました。
ゴングが鳴って試合が始まる。全てを忘れてひたむきに喋る。ゴングが鳴って試合が終わる。
スーツの下、汗だくのシャツは、どこか心地よささえも運んできてくれました。
初めて、仕事で感じた達成感でした。

今回、別の仕事で大阪に来られなかった同期大西と「それなりの」差はつけられた・・・でしょうか(笑)
7月20日札幌では、実況ヤングライオン2人そろって北の大地に乗り込みます。


洋平より慎平

大西の本気と、真っ向勝負です。


実況ヤングライオン

注目の、新日本 VS NOAH の対抗戦の放送は、
7月4日。土曜日。深夜26時15分〜(関東地方)です。
(関東地方以外も、遅れて放送される地域があります。)

こんな時だからこそ、声を大にして言いたい。

プロレスを愛しています。
   
 
    
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