放送したお宅
2011年6月24日(金)放送
東京都渋谷区・村田邸
- スロープ庭の家 -

2008年1月

敷地面積 90平米 (27坪)
建築面積 53平米 (16坪)
延床面積 80平米 (24坪)
1階SRC 2階木造
建築費:3000万円 坪単価:120万円



間口5.4メートル×奥行き16メートルの“ウナギの寝床”形敷地。ピンク色の外壁と片持ちの外観が個性的な建物。駐車場の床や照明器具など、いたる所に円のモティーフが登場します。

玄関へは中庭を通ってアクセスします。約30度の斜度を与えられた“スロープ庭”は実際の面積より広く、緑が深く見えます。玄関ドアにも円のモティーフ。

玄関を入ると“スロープ庭”に並行して昇る階段があります。庭側を全面ガラスとし開放感を演出。床はサイザル麻敷きです。

階段の踊り場がワークスペース。ここからもガラス越しに“スロープ庭”が楽しめます。さらに隣接するデッキからは“スロープ庭”を見下ろす視点で楽しめます。

デッキから庭越しに居間が見えるのも空間の奥行きを感じさせます。ワークスペースからは緩やかなスロープを昇って居間へ。居間の広さは約12畳大ですが“スロープ庭”に面して全面ガラス窓として開放感を演出しています。

居間のペンダントライトも円形です。台所は独立型。しかし左右2ヶ所の引き戸を開け放せば、短く動き易い動線が生まれます。

台所シンクの正面の横スリット窓も道路に面していて開放感に一役買っています。1階玄関脇にある水回りはコンパクトな空間ですが、黄色のタイルで明るい印象です。

1階廊下の壁は和紙貼りですが、下地材に開けられた穴から自然光が漏れ模様が浮かび上がります。寝室はデッキテラスの下にあたり、半地下の落ち着いた雰囲気です。

建築家のプロフィール
ガロウェイ ウイリアム + クリンカース クン
ガロウェイ ウイリアム
1969年 カナダ生まれ
1996年 マニトバ大学(カナダ)建築学部環境デザイン学士課程修了(建築専攻)
2001年 マニトバ大学(カナダ)建築学部建築学修士課程修
2008年 博士号 東京大学 新領域新領域創成科学研究科 環境学専攻(大野秀敏研究室)。
1996年 福見建築設計事務所
2002年 Priestman Architects. 英国、ロンドン市
2003年 JUMP Studios. 英国、ロンドン市
2005年 frontoffice共同経営者
2009年 早稲田大学講師
2010年 慶応大学特別研究講師
2000年 米国建築家協会/米国建築財団(AIA/AAF) 修士号志願者への奨学金
2001年 カナダ建築学優秀学生優秀賞
2001年 米国建築家協会(AIA) 学生メダル
2001年 カナダ王立建築家協会(RAIC) 優秀学生名簿に記載
2004年 アーキプリー (Archiprix) 世界の優秀卒論プロジェクト: 入選
2004年 文部科学省奨学金
2005年 YAMAGIWA科学省奨学金
2008年 WALLPAPER*世界トップ50建築設計事務所
クリンカース クン
1972年 ヒールレン市、オランダ生まれ
1999年 デルフト工科大学(オランダ)建築学部建築学修士課程修 (アドリアン フューザ研究室)
2001年 東京大学 新領域新領域創成科学研究科 環境学専攻(大野秀敏研究室)。 博士課程始め
1996年 オランダ国施設官庁。ハーグ、オランダ
1997年 Monolab建築設計事務所。ロッテルダム、オランダ
1997年 Arons & Gelauff 建築設計事務所。アムステルダム、オランダ
1998年 Drexhage, Kingma & Roorda 建築設計事務所。ロッテルダム、オランダ
2003年 槇文彦建築設計事務所、東京
2004年 取締役 有限会社アデケジャパン不動産〔投資ファンド〕
2005年 frontoffice共同経営者
2006年 同時に、有限会社ALMジャパン不動産〔投資ファンド〕
2008年 WALLPAPER*世界トップ50建築設計事務所

frontoffice tokyo
所在地 〒106-0031東京都港区西麻布2-24-26グレース西麻布303
電話 03-3499-8390
FAX 03-6427-6205
E-mail william@frontofficetokyo.com
URL http://www.frontofficetokyo.com

建築家の一言
いかにモダンシティを受け入れるのか?

どの様にモダンシティに住むのか?
これらの問いはこの小さな家にとっては少々大げさに聞こえるかもしれない。しかしながら、規模や選択肢に制限があるというこのサイズだからこそ、これらの問いにまず答えることが不可欠であった。


施主の方に紹介された敷地は、東京の古い住宅地によく見られる典型的なものであった。都市計画から作り出されたものとは違い、狭い道に隣接して建つ家々のオーナーそれぞれの個性が集合してできた雰囲気のあるエリアである。具体的に、敷地は5.4mx16mの奥行きがあり細長く、その周辺の住宅は法的に認められた範囲を可能な限り最大限に使用して建てられている。結果として、敷地は両サイドの背の高い壁に挟まれ、南向きではあるが向かいの家の目の前に面しているために、採光は南東の角の少しの隙間からのみとのことであった。

文字通り、この敷地は人工的な谷のようなものである。

今回の施主の方は50代のご夫婦で、小さくかつ効率的な居住スペースを依頼。お二人は自分たちの趣味を堪能できるプライベート空間、特にご夫人のための小さなアトリエスペースと書斎スペースを希望された。また日常的に簡単に外へアクセスできるようなアウトドアスペースを設け、可能であれば簡単なガーデニングができるような庭があればと要望された。

設計する最初の段階で、まず敷地とその周辺環境との関係を否定もしくは受け入れるかの選択をする必要があった。幸運にも、施主の方は幼少時代を東京都心で過ごし、常に近所や公共の場と密接した生活を楽しんだ思い出があるという。そこからインスピレーションを受け、敷地そのものと周りの土地や建物全てが景観と成り得るような、囲いや枠を必要としないオープンなデザインをする方向性が決まった。
このデザインコンセプトを採用したことが、周辺環境を気にせず敷地そのものに焦点を当てた、合理的な設計へと導いてくれた。まず始めに、「パストラル・ヴィラ」モデルが適用され得ないモダンで密集した都会にいかに快適な居住空間を作るかという事を考える必要があった。日本では周辺環境を無視しできるだけ家の中にフォーカスすることが常とされているが、我々はそのコンセプトを採用せずによりオープンで開けたデザインができないかと考えた。その結果、施主の方の理解があったおかげで、限られた採光を最大限に活用できる家をデザインすることができた。そこでは空間に流れを与えるために、近所から家の内側が見え得るという可能性を受け入れながら、敷地の長い奥行を活かしたスペースの広さを提案した。

とはいえ、このアプローチはガラスで囲まれた家をデザインすることではなかった。家の中心にある一面の羽型ガラスは内側と外側の境界線になると同時に、可能な限りの陽光を取入れる役目を果たした。バスルームや寝室などのプライベートな空間は一階につくり、薄い和紙の壁紙でできたトンネル仕立ての廊下でつなげ、時間によりその雰囲気が変わるように工夫した。「公共」スペースであるリビングルームは2階に位置し、一階の駐車場の上に突き出している。2階部分は玄関から階段でつながっており、階段はアウトドアのウッドデッキから庭のスロープへと続き、ウッドデッキの手前の大きな踊場はアトリエスペースとして、またそこからカーブした先のなだらかなスロープはギャラリースペースとして使用する事ができる。東と南に面したガラスウォールはそれぞれリビングルームと階段の境界となり、限られた採光を最大限活かすと同時に、スロープガーデンやウッドデッキ、そして背後に続く周辺の家々を見据えている。家のその他のスペースについては外から見えることはないが、敷地の奥行きと共に流れを作り出し、閉鎖されていると言うよりも、オープンな空間が継続しているように感じられると言える。


長く延びる外への眺めにより、家は80平米よりもだいぶ広く感じられるようだ。またスロープになっている庭も、オアシスや禅タイプの庭というよりも活動的なグリーンスペースとして、家を広く見せる効果の一因となっている。庭は外の公道から視界に入り、実際に歩いて来て石段を登ったりその上に座ったりできるように、また植えるものを変えたり毎日そこで生活を送ることで雰囲気に変化を与えるという思いで作った。家自体も同じように、周辺環境に順応させることにより、その周りの存在を否定したり模倣する事のないよう考慮した。どのようにモダンシティに住むかという問いの答えは、この家においては入って来た事柄をシンプルにありのままの姿で、受け入れることであると我々は考える。
渡辺篤史の感想
同じ年を重ねるなら、こうありたいと思えるご夫婦。便利な都心で“小さく”暮らす終の住処です。設計したのはカナダ人とオランダ人の建築家です。歴史的な背景の違いでしょうか、日本ではなかなか見られない色使いや形が楽しいですね。スロープ庭は、一般的な中庭の何倍もの効果が得られる素晴らしいアイディアだと思います。そして、愛犬シャキちゃんが寛いでいる様子に癒されました。