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文豪の記念館

  • 2024年10月7日(月)

    『太宰治展示室・文学サロン』

  • 今週は、文豪の記念館を紹介します。
    「走れメロス」などで知られる太宰治は、昭和14(1939)年に妻の実家がある山梨県甲府から三鷹へ転居し、疎開の時期を除くと約7年半を三鷹で暮らしました。師の井伏鱒二(いぶせますじ)が荻窪在住で、出版社があった神田、新宿にも近く、甲府に中央本線一本で行けるため、三鷹は太宰治にとって交通の便が良い場所だったと考えられています。
    三鷹市にある「太宰治文学サロン」は、太宰治が通っていた酒屋「伊勢元」の跡地にあるブックカフェです。
    約1500冊ある太宰治関連の書籍を自由に読むことができ、中には英語やドイツ語、韓国語などで翻訳された本もあります。ここでは、太宰治の三鷹の自宅を再現した模型を見ることができます。
    そして、太宰治文学サロンから歩いて5分ほどの三鷹市美術ギャラリー内には、自宅を実寸で再現している「太宰治展示室」があります。
    太宰治展示室では、太宰治の晩年の担当編集者の遺族から三鷹市へ寄贈された、貴重な資料などを見ることができる企画展示が12月1日(日)まで開催されています。

  • 2024年10月8日(火)

    『田端文士村記念館』

  • 北区にある「田端文士村記念館」を紹介します。田端で暮らした芥川龍之介などの原稿や作品を見ることができます。
    「田端文士芸術家村」は、明治の後期から昭和20年ごろまでの約50年間、のべ100人以上の文士や芸術家たちが暮らしたという場所です。田端は明治22(1889)年に上野に開校した東京美術学校(現在の東京藝術大学)から、歩いて通える距離ということで、多くの若い芸術家が住むようになりました。
    大正3(1914)年には、東京帝国大学に通う学生だった芥川龍之介が転居してきます。大正5(1916)年に転居してきた室生犀星(むろうさいせい)とともに求心力となり、文士たちも集まるようになったそうです。
    記念館では、亡くなる2、3カ月前の芥川龍之介が田端の自宅で家族と過ごしている映像を見ることができます。
    映像などをもとにつくられたのが、「芥川龍之介 田端の家 復元模型」です。「羅生門」などが執筆された芥川龍之介の書斎も再現されています。その自宅跡地は、田端文士村記念館から歩いて10分ほど。2階の書斎を実物大で再現する芥川龍之介の記念館が、自宅跡地につくられるそうです(2026年度に開館予定)。
    田端文士村記念館では、企画展「作家・芥川龍之介のはじまり」が、2025年2月2日(日)まで開催されています。

  • 2024年10月9日(水)

    『三鷹市山本有三記念館』

  • 山本有三が昭和11(1936)年から家族とともに10年ほど暮らした邸宅跡である、「三鷹市山本有三記念館」を紹介します。麦畑が広がっていた当時の三鷹は、山本有三にとって静かで執筆にも集中でき、健康にも良い環境で気に入って暮らしていたそうです。代表作「路傍の石」は、この自宅で執筆され、昭和12(1937)年から連載が始まりました。記念館では、その原稿(複製)を見ることができます。他にも劇作家としての作品や参議院議員に立候補した際のスピーチ原稿(複製)など、多彩な活動を示す資料が展示されています。
    記念館の見どころの一つが暖炉です。主に家族団らんの場所として使われていました。
    呉服商を営んでいた父のモットーである「いいものを少し」という言葉を大事にし、家訓にしていた山本有三。
    2階の展示室では、愛用していた文鎮や万年筆、ペン皿などを見ることができます。
    三鷹市山本有三記念館では、山本有三没後50年の企画展が2025年5月11日(日)まで開催されています。

  • 2024年10月10日(木)

    『漱石山房記念館』

  • 夏目漱石が亡くなるまでの9年間を過ごした新宿区早稲田南町にある、「漱石山房記念館」を紹介します。
    漱石の書斎や住居を山房と呼んでいたため、「漱石山房」と言われています。「三四郎」、「それから」、「門」、「彼岸過迄」、「こころ」などが執筆された漱石山房の一部、書斎を再現した展示を見ることができます。
    文机(ふづくえ)の上にある夏目漱石が愛用した原稿用紙は、「漱石山房」の文字が入った特注品で、連載を行っていた新聞に合わせて一行が19文字で組まれています。
    2階には、夏目漱石の作品や手紙の中から印象的な言葉を紹介している展示があり、そこには芥川龍之介、久米正雄の2人にあてた手紙の言葉も記されています。さらに2階の展示室では、書き直しやインクの染みの様子が分かる「道草」の草稿(複製)などを見ることができます。
    漱石山房記念館では、今週土曜日から特別展が12月15日(日)まで開催されます。

  • 2024年10月11日(金)

    『森鷗外記念館』

  • 陸軍軍医や小説家、翻訳家などの顔を持つ森鷗外の自宅・観潮楼(かんちょうろう)跡地に建てられた、「森鷗外記念館」を紹介します。焼失してしまった観潮楼ですが、正門跡にある敷石は当時のまま残されています。
    展示室では、原稿や書簡などの資料を時代ごとに分けて森鷗外の生涯を紹介しています。陸軍軍医としてドイツに留学した森鷗外は、帰国後に小説家として代表作「舞姫」を執筆しました。さらに、西洋文学などの翻訳家としても活躍しています。代表的な翻訳作品のひとつが、アンデルセン原作の「即興詩人」。この翻訳に鷗外は9年もの歳月を費やしたと言われています。
    明治44(1911)年の文芸雑誌の読者投票で、優れた翻訳家1位に選ばれた記念として出版社から贈られた「鷗外胸像」も見ることができます。
    森鷗外記念館では、特別展が、明日10月12日(土)から来年1月13日(月・祝)まで開催されます。

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