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#15 ICHIROを見つけた男
 アメリカンリーグの最優秀選手に輝いたイチロー。他のどの伝説的な選手も差し置いて1年目の日本人がいわば”個人のリーグ優勝”を成し遂げたのだ。

 そして日本では先日、ドラフト会議があった。注目の日南学園の寺原投手はダイエーにいくことになった。マスコミは今年のドラフトをその寺原一色で記した。今回は計80人のプロの卵が誕生したが、はっきり言って寺原以外で新たに覚えた選手はいたか?他の79人の選手はどんな気持ちかな?そんなことをふと考えた時、イチローのことを思い出した。
 そう、彼は91年のドラフトでなんと、4位指名だったっけ。(あの新庄だってその2年前のドラフトで5位指名だった)当時の新聞にも写真にかろうじて写っていたかな。イチローの才能が開花したのは入団3年目だったけど、ここまで来るとは当時のマスコミも、そして、プロのスカウトでさえも予想できなかったのだろう。たった一人あの人を除いては!イチローを見つけオリックスに入れた三輪田スカウトだ。

 この人の名前を覚えている人も多いだろう。98年11月にドラフト指名選手説得のため滞在していた沖縄で自殺したスカウトだ。
 三輪田さんはイチローのバッティングセンスをただ一人見抜き、当時高校生ピッチャーのイチローをバッターとしてオリックスに入団させた。三輪田さんの発見がなければ今のイチローは存在しないと言っていい。
 自殺した後、私は三輪田さんが亡くなった現場と通夜にも行った。その時のイチローの悲しみに包まれた顔が忘れられない。あれから3年たったのかぁ。アメリカに旅立つ前に三輪田さんのお墓を訪れていたイチロー。彼のこの活躍を天国で喜んでいるだろう。