岩城滉一、「オヤジ」と最後のお別れ
2016/02/28
昨年12月16日に肺炎のため89歳で亡くなった元愚連隊の組長という異色の俳優で、作家や映画プロデューサーとして活躍した安藤昇さんのお別れの会が28日、青山葬儀所で営まれ、演歌歌手の北島三郎(79)、俳優の梅宮辰夫(77)、岩城滉一(64)、村上弘明(59)ら著名人約350人が駆け付けた。長年、側近を務めたという実業家の海老澤信氏(61)によれば、安藤さんの晩年は、7年前から腎臓病を患い、週3回の透析を行う生活だったという。岩城は自宅も近く、安藤さんのことを「オヤジ」と呼び、49年来、私生活でも親交があったため、病状は以前から把握していたという。「周りの人も覚悟しながら、1秒でも長くという気持ちでいらっしゃったから、(自分も)ずっとそういう気持ちだった」と明かした。「自分の(容体の)悪い姿を見せたくない」という安藤さんの性格を尊重し、看取れなかったが、亡くなる数日前まで電話で連絡を取り合っていたという。
梅宮は、献杯の音頭を担当。足をひきずるようにして遺影の前に出ると、「昭和の名俳優、映画スターがいなくなって寂しい。そちらの世界でもお元気で」と短めの言葉をかけた。会場に入る際や、出る際の目立たないところでは手押し車を使って歩行しており、「体調不良」を理由に、食事会は出席して一足先に退出。報道陣の取材にも応じなかった。梅宮の体調について聞かれた岩城によれば、「僕はいい時期にお会いしているので、ちょっとお元気ではないような気はしましたね」と率直なコメント。「昔は無理していますし、膝が悪いとか腰が痛いとか、寒い時期ですし、そういうのが出てきますよ。みんな気にしなきゃいけない歳だから」と自らの健康にも敏感なようだった。