2月2日放送のディレクターズアイ 

2月2日放送 チーフディレクター/田畑正
※今週は原稿が2本立てとなります。ディレクター/花村恵子「視聴者のメール・手紙から〜田中大臣更迭をどう見るべきか〜」は、後半にあります。

【この空しさは一体何だ!?〜『真紀子』を消費してきたテレビの内側からのつぶやき〜】

「田中真紀子大臣更迭」は間違いなく大ニュースだろう。だから今回、ザ・スクープでもこの話題を取り上げた。僕も含めスタッフは丸2日間不眠不休で頑張った。しかしである。何故か空しいのだ。この空しさは一体どこから来るのか、週末自問自答した。

「今日は一つの決意を持って臨んでいる」。田中大臣が1月28日の衆議院予算委員会で発した言葉だ。「一つの決意」。政治家と言えどもなかなか人前では口には出さない言葉だ。前後の流れから、田中大臣はいわゆる“言った言わない”問題で「自分が正しい」ということを証明するために「一つの決意をもって(委員会に)臨ん」だことは容易に想像できる。でもそれが「決意」するほどのことなのだろうか。どうやらそこが空しさの発生源だということに気付いたのは、悲しいかな放送の翌日だった。

番組では、この田中大臣の決意が外務省の野上事務次官追い落としに向けられていて、そのために田中大臣は、民主党の菅幹事長と連絡をとったり、時系列的には説明のつかないメモまで登場させることになったことを指摘した。これは外務省が特定のNGOをアフガン復興支援会議に出席させなかったという「公」的な問題を「私」的に利用したことになる。その時点で田中大臣が「正義」を失った。少なくとも党内でそう受け取られても仕方がなかった、と言える。その結果彼女は、敗れた。

では田中大臣を辞めさせようとした側に正義はあったのかとなると、それも否である。多くの人が指摘するまでもなく、一番大事な問題は、野上次官が電話口であるいは朝の打ち合わせ会議の席で鈴木宗男氏の名前を言った言わないではなく、NGO出席拒否をめぐって本当のところ鈴木議員の圧力があったのか、そして鈴木議員が外務省に対し本当に影響力があるのかないのか、あるとしたらどの程度のもので、その力の源泉は何なのか、である。今回田中大臣を更迭しても、この問題の解明の上では何の意味もない。

国民はむしろ、3者更迭でそこがうやむやにされたと感じているのではないか。小泉総理に田中大臣を辞めさせる覚悟があるなら、なぜ鈴木代議士を国会の場にきちんと引っ張り出せなかったのか、少なくとも、鈴木代議士の説明を聞いた上で白黒をつけても遅くはない、と思っている。これまで国民がイメージしてきた小泉総理は、そういう一般人の感覚の分る人だったはずだ。それが裏切られたという思いが支持率の急低下につながっている、と僕は思う。

さて冒頭の「空しさ」の問題に戻る。私たちから見て族議員と官庁の関係をもう少し明らかに出来たかもしれないチャンスを3者更迭劇によって失ってしまった(まだそうと決まった訳ではないが、少なくとも遠のいたのは事実だ)ことも空しい理由の一つだ。さらに、この“言った言わない”問題では、言ったか言わなかったか以上の「正義」はない。それは子供の喧嘩程度の正義しかないということだ。そんなことにこの何日か日本中が大騒ぎし、そして一番大騒ぎしているのが自分たちマスコミだという空しさ。アフガニスタンそっちのけで何をやっているんだという自責の念が重い鉛のように僕を押しつぶそうとしている。

空しい理由はそれだけではない。この出来事の端緒を開いたのが、話を“言った言わない”問題におそらくは意図的に矮小化した田中大臣自身で、あえて誤解を恐れずに言えば、実はそのことに僕自身何の失望も驚きもないことが、空しい一番の原因だという事実だ。

これまでもそうだった。田中大臣を巡るニュースと言えば、“言った言わない”問題の原型である会談リーク騒動に始まり、やれ指輪を無くしただとか、やれ人事課に篭城しただとか、つまりは彼女の身の回り3メートルの話ばかり。「犬が人を噛んでニュースではないが、人が犬を噛んだらニュース」と言われるこの業界の常識からいえばニュースだが、どこかワイドショーチックな話題ばかりだった。もっぱらそれを垂れ流してきたのがテレビではなかったか。ドタバタやっている以外の田中大臣のニュースをどれだけ伝えただろうか。例えばテロ特措法のとき田中大臣が何をし、何をしなかったか僕らは伝えきっただろうか。機密費問題で何をし、何をしなかったかもちゃんと伝えてきただろうか。

こう書くと視聴者からは怒られそうだが、結局僕らはこの9ヶ月間、田中大臣の言動を報道することで一体何を伝えてきたのだろうか、と考え込んでしまう。「何か」を伝えたという実感が持てたとき、この仕事に携わる者は一種の充実感に浸ることができる。でも自分たちの報道が「何か」を伝えることではなく、単に目の前の出来事を番組という商品にするために「消費」しているだけだとしたら…。そして『真紀子』現象の報道とはまさにこの「消費」だったことは、正直に告白しておきたい。

番組が終わってしばらく脱力感で動くことが出来なかった。それは、単に48時間連続勤務の疲れのせいだけではなかった。『真紀子』という現象を取り上げなくてもよくなって、実は少しほっとしている。そして今のうちに、この9ヶ月間失ってきた冷静な感覚を取り戻していきたいと思う。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

【視聴者のメール・手紙から〜田中大臣更迭をどう見るべきか〜】ディレクター/花村恵子

視聴者の方からたくさんの電話、メール、お手紙を頂きました。ありがとうございます。拝見していると、いくつかの論点が浮かび上がってきます。以下にまとめてみました。できるだけお答えしたいと思います。

Q1.鳥越が野上外務次官の話だけを聞いて鵜呑みにしている。偏向しているのではないか。

⇒そのご指摘は分かりますし、不十分なのは確かです。しかし田中前大臣にも同じように取材のお願いはし、放送の時点で返事は頂けませんでした。また報道には客観的事実がもっとも重要ですが、取材者の印象もまた重要な要素だと考えています。鳥越の発言については、客観的でないというご指摘と、取材者の発言として説得力がある、という両方のご意見を頂きました。

Q2.田中前大臣の嘘などは小さなことではないか、NGO排除という事実に比べたらたいしたことはない。鈴木議員の関与こそ報道すべきではないか。

⇒これは私ども内部でもだいぶ議論のあったところです。今回の騒動では大きくいって次のような問題がありました。 
@ 誰が嘘を言ったのか 
A NGOが排除されたのはなぜか 
B 鈴木議員と外務省の関係

今回番組はこのうちの@について放送したわけですが、A、Bの問題ももちろん重要ですし、それこそが本質だという考えもあります。ただ限られた時間で全てをお伝えするのは無理ですし、また取材時間の制約もあり@に絞りました。残された問題については引き続き取材を行っておりますので、今後の番組でお伝えしたいと思います。できればそれもご覧いただき、全体として「今回の騒動が一体なんだったのか」ということを考えていただければと思います。

Q3.野上外務次官、外務省は嘘をついている。野上はけしからん。

⇒大臣と違う発言を部下がするのはけしからん、というご意見を頂きましたが、私どもの番組を脇においてまず考えてみてください。まず問題は、今回のように表で大臣と部下である事務次官が全く違うことを言ったことです。これはもちろん本来外務省内部で解決すべき問題でした。しかしそうできなかったため国会の場に持ち込まれたのです。その結果の参考人招致で、次官が大臣と違うことを言ったというだけで責められるのは正しいことでしょうか。更に仮に次官の発言が正しかった場合、信念を曲げても大臣に従うのが正しいでしょうか。因みに部下の次官が大臣と違う発言をしてはいけない、という法律上の規定はありません。

「外務省は嘘ばっかり。公金の横領をみたってどんな役所か分かる」そんな多くのご意見はごもっともです。でもその外務省の印象を全てにあてはめ、「野上次官は嘘を言っている」「なんだあの髭は」「生意気」などというのはある意味集団いじめです。ご自身の経験をもとに、「人間は嘘をつく必要があれば嘘をつくものだ」とおっしゃる方もいらっしゃいましたが、それならば両者についても言えることではないでしょうか。「官僚の保身を考えたら、大臣と違っても仰せの通りというのが得。それをあえて大臣と違うことを言うのだから…」 そんなご意見もありました。

しかし、野上次官にも問題があります。特定のNGOの排除を大臣に報告せずに決めたのは事実であり、その非はご当人も国会で認めています。なぜ排除を決めたのか、鈴木議員が外務省にどのように影響を及ぼしているのかは今後検証すべき問題です。

Q4.「ディテールにこだわりすぎると、何が国民のためになるかを忘れた番組になるのでは」「真紀子さんになってこれだけ外務省の機密費問題等が明るみに出たじゃないですか」

⇒「田中前大臣の掲げる”外務省改革”に抵抗し自らを守る外務官僚」田中前大臣の就任以来、マスコミは対立の構図を、時におもしろおかしく描きました。その結果、外交はともかく「外務省改革を一生懸命やっている真紀子大臣」が強調されました。しかしここで整理してみたいと思います。

●「機密費問題」が明らかになったのは、田中前大臣が就任する前です。

●田中前大臣は機密費問題の徹底解明を訴えて大臣になりましたが、早期に「外務省から総理官邸への上納はなかった。歴代の大臣、事務次官がそう言っている」と国会で答弁しました。本当に切り込むつもりなら、そこで簡単にまとめてはいけなかったのではないでしょうか。

●外務省で公金流用の事件が相次いで明るみに出ました。これは外務省内部の予算の流用で、機密費とは別です。また明らかになったのは、松尾事件を受けての警察の捜査や外務省の内部調査によってです。田中前大臣が調査を命じたからということではありません。

●たとえ機密費でなくても、次々と問題が出てくる外務省の体質が問題なのだとも言えます。まさに伏魔殿です。この点はプロジェクトチームが作られ、外務省改革の方針、対策が出されました。しかし中心となったのは副大臣であり、田中前大臣は一度もその会議に出席しませんでした。田中前大臣は本当に外務省改革をやりたかったのでしょうか。どちらかというと、「外務省改革を訴えることのメリット」の方を重視したということだと思います。

田中真紀子前大臣がなぜ更迭されたのか。番組では「田中氏と民主党との連携」「田中氏自身の答弁の矛盾」を引き金に、「機に乗じた自民党橋本派」という見方を呈示しました。もっと端的にいうと、今回の一件は永田町の「政治権力抗争」です。そう考えると、新しく外務大臣になった川口順子氏は「政治家ではなく民間出身」という点で、同じような騒動になることはないでしょう。

今回の騒動、報道で反省すべきは、私どももその一因を担ったという点です。「国民の7割が田中真紀子氏支持」は、マスコミの報道なくしてあり得ません。今回は、「他の番組と違った伝え方」という評価の声も頂きましたが、こだわるのは独自の路線というより、あくまで「本当のこと」であるという基本を忘れずに、今後取り組みたいと考えています。

このページのトップへ△