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視聴者のみなさん、サッカーに関わる全てのみなさんへ

投稿日:2013年04月01日 06:19

視聴者のみなさん、サッカーに関わる全てのみなさんへ

今日を持って、テレビ朝日を退社します。私事で大変恐縮ですが、みなさんに伝えたいことがたくさんあり、手紙を書かせていただきました。

やべっちF.C.との出会いは突然で思いがけないことでした。2003年の3月。テレビ朝日の入社を目前に控えたある日、会社から呼び出されました。「もしや内定取り消し?」と不安いっぱいになりながら踏み入れた会議室で、上司から思いがけない言葉が。「4月からやべっちF.C.を担当してもらうことが決まりました。入社6日目が最初のオンエアです。」それがやべっちF.C.との出会いであり、サッカーとの出会いでした。

4月1日入社式の日は桜が満開でした。元気に咲く桜の花びらを眺めながら、「これからテレビ朝日でどんな出会いが待っているのだろう」と期待に胸を膨らませていました。そしてあっという間に迎えた6日後、「アナウンサーとして研修もせずにテレビに出てしまって本当に大丈夫だろうか・・・」と不安と緊張でいっぱいでした。当日の役割は、自己紹介とリーガエスパニョーラのVTRふり。オンエアが始まってから頭が真っ白になり、自分が何を話しているのか、矢部さんが何をしゃべっているのか、まったくわからなくなってしまい、あっという間にオンエアを終えました。矢部さんも、スタッフもみんなとにかく温かく「これからがんばろう」と声をかけてくれて、ホッとしたのをよく覚えています。

番組がスタートして、サッカーの猛勉強が始まりました。選手の名前もチーム名も何も知らなくて、ゼロからのスタートで、通勤の電車では、Jリーグ選手名鑑をいつも眺めていました。恥ずかしい話ですが、「浦和レッズ」というチームがあることも、この時に初めて知りました。勉強のため時間があればJリーグの試合や練習に足を運んでいました。一番最初にJリーグを見に行ったのは、FC東京の一戦でした。まずスタジアムの大きさに驚きました。スタッフが最初だからアウェイ側の席に座った方がいいよ、と声をかけてくれて客席で試合を初めて見ました。サポーターの応援の声が大きくて、太鼓の音や拍手が鳴りやむことはなく、すごい熱気に包まれていて、圧倒された90分でした。ゴールが入った瞬間には、隣の席のサポーターの人と思わずハイタッチ。応援を通して、知らない人ともこんなにすぐに仲間になれるなんて、「サッカーって不思議なスポーツだな」と思い、そこから気が付けば私自身もサッカーにのめりこんでいきました。

サッカーの面白さを実感したのは、同じ年の9月に行われた高円宮杯全日本ユース選手権を取材したときのことでした。高校生のサッカーは、試合会場のお客さんも少なく、プロの選手に比べて体も小さく、ミスも目立ちました。それでも、選手たちが勝利だけを目指して、体を投げ出しながらボールを追いかけているのを見て、思わず「がんばれ!」と手に汗を握って応援している自分がいました。サッカーは足でボールを蹴るスポーツなので、技術が高ければ高いほど、面白いと思っていました。周囲でも、「サッカーはヨーロッパか代表戦しか見ない」という人がたくさんいました。でも、気持ちを前面に出して、勝利を目指して一丸となっている選手たちを見て、サッカーはそれだけではないということを教えてもらえました。全日本ユースの取材を終えてからは、「見に行ける試合は、どんな試合でも見に行こう」と決めて、代表戦、Jリーグ、なでしこリーグ、高校選手権、大学サッカーと、ありとあらゆる試合を見に行くようになりました。私はどの試合もすごく好きで、どの試合も見に行く価値があると思うようになりました。それぞれの場所で、それぞれのドラマや戦いがある。そんなサッカーの世界の広さを、「やべっちF.C.」を通じて少しでも伝えられたらいいなと思って、オンエアにも臨むようになりました。

取材を通して様々な方々と出会い、サッカーの楽しさをはじめ、本当に色々なことを勉強させていただきました。挙げればきりがなく、一つ一つ振り返っていきたいくらいですが、中でも強く印象に残っているのは、2006年セルティックにいる中村俊輔選手を取材したことです。初めての長期の海外出張で、スコットランド、セルティックの本拠地グラスゴーにいきました。海外で活躍する偉大な日本代表、中村俊輔選手へのインタービューということで、本当に緊張しました。試合のVTRを何度も見直して、中村選手の動きを確認し、質問を決めました。その時の中村選手は、攻撃だけでなく守備でも進化が見られて、セルティックでも絶対的な存在になっているように感じました。「パスの出し手だから、守備も予測されているんですか?」と質問すると、「ああ、確かに。勉強してきたんですね、前田さん。これまでたくさんパスを出してきているので、相手がどこに出すのかなんとなくわかるんですよね。予測して動いています。」ととても気さくに、サッカー初心者の私にも、わかりやすく丁寧に解説してくださいました。中村俊輔選手を取材することで、これまでボールばかり追いかけていた私も、ボールのないところでの動きを注意してみるようになりました。

また、数々のやべっちF.C.ロケで印象的だったのは、ジェフ千葉の選手たちとのお正月特番用の温泉ロケです。その頃バラエティ番組で、大木アナウンサーとアシスタント対決をしていたことを面白がったスタッフが、グラビアアイドルの小林恵美さんと私のアシスタント対決をドッキリで仕組んだことです。テーマが、洗面器の水に顔をつけて何秒我慢できるか対決、もの真似対決、セクシー対決など色々あったと思うのですが、小林さんを目の前にして、闘志が芽生えたのを感じました。「絶対に負けられない!!」と、恥を捨てて、タレントさんといえど遠慮せず、全力で対決して、勝利をつかむことができました。番組を続けられることになったことが嬉しくて、私にとってやべっちFCが何より大切な存在だということを実感しました。

 キャンプ取材も忘れられない思い出です。2007年グアムでインタビューさせてもらった遠藤保仁選手の言葉は忘れられません。前年遠藤選手はウィルス性肝炎にかかり、サッカーから長期離脱を余儀なくされました。現役生活でも初めてのことだったそうです。遠藤選手といえば、とてもクールな選手で、勝っても負けても試合後のミックスゾーンではいつも飄々とされている印象があったのですが、インタビューの時に「サッカーをできることが心から嬉しい。幸せを感じています。」と満面の笑顔で語ってくださいました。

また、まだ本田圭祐選手が名古屋にいたときに、取材させてもらったのも懐かしい思い出です。当時話題になっていた本田選手の無回転フリーキックを目の前で見せてもらいました。左足から繰り出されるボンッという強い衝撃音とすごいスピードのまっすぐな弾道のボール。漫画の世界が現実になったような、ワクワクした気持ちにさせてもらいました。

オシム監督はジェフ市原時代からよく取材させてもらっていました。「こんな言葉を引き出せたらいいな~」と思いながら質問をしても、すぐにはぐらかされてしまったり、全然予想しなかった答えが返ってきたりして、インタビューしていても一筋縄でいきませんでした。練習ではこれでもかというくらい選手たちが走っていました。それでも選手たちの表情が明るくてすごく楽しそうで、「ボールも人もよく動く」ジェフ市原の試合は見ていてワクワクして、いつも試合を取材に行ける日を心待ちにしていました。
印象的だったのは、ドイツW杯メンバー発表の時のこと。千葉から巻選手が召集されたことに沸き立ったメディアが、市原の練習場に殺到しました。みんながオシム監督に、巻選手についてのコメントを求める中、オシム監督はこういったのです。「みなさんは、ここに呼ばれなかった選手のことを忘れてはならない。巻が選ばれたのも、同じチームで選ばれなかった阿部選手や佐藤選手がいてのこと。久保選手もそう。W杯を目指していけなかった選手のことも考えて、取材してほしい。」その日、阿部選手は、次の試合に向けてしっかり前を向いてランニングをしていました。サッカーの世界でスポットライトが当たるのは、ほんの一部の人たち。でもその裏では、夢や目標を持って努力している人や、選手たちを支えるスタッフたち。本当にたくさんの人たちがいるからこそ、表舞台で代表選手も輝けるのだと知りました。とても思いやりのあるオシム監督からたくさんのことを教えてもらいました。

そして、一番感謝を伝えたいのはサポーターの皆さんです。日本中どこのスタジアムに行っても、いつも温かい声をかけてもらっていました。
 川崎フロンターレは、家族連れも多くて最前列に小学生のサポーターがいることが目立っているアットホームな雰囲気です。柏レイソルは、試合前にいつもユーモアのあるアナウンスがあり、「今日は何があるかな」とワクワクしています。「あ・い・し・て・る、にいがた!!」という独特のフレーズの新潟の応援歌は、一度聞くとずっと心に残って、帰り道によく一人で口ずさんでいました。FC東京の応援歌You’ll  never walk aloneにもいつも感動していました。 全部を挙げることができませんが、どのスタジアムのサポーターの応援も、それぞれ違っていて、みんな素晴らしい、いつもそう思っていました。
 最後に取材にいった時には、「前田ちゃん、これからもがんばれー」「いままでおつかれさま」と客席からたくさんの人が手を振って言葉をかけてくれました。みなさんの優しさが嬉しくて、温かさにが心にしみて、泣くのを必死に我慢しました。みなさんと触れ合うことで、10年間本当にたくさんの元気をもらってきたんだと実感しました。
 忘れられないのが2006年、浦和レッズが初めてアジアチャンピオンになったACLの準決勝、城南一和との一戦です。平日だったのにスタジアムは超満員、真っ赤に染まっていました。取材したサポーターの方は、「今日のために仕事を休んできました」「早退して駆けつけた」と話していました。PK戦では、ありったけのフラッグをゴール裏に集めて共に闘うサポーターの姿に、鳥肌が立ちました。サッカーには12番目の選手がいる、それがサポーターなんだ。そのことの本当に理解したのはこの時だったように思います。
 また東日本大震災が起きた後、仙台サポーターのみなさんを取材させていただきました。2か月遅れでやっと迎えることができたホーム開幕戦に「この日を待っていました」「サッカーが大好きでまた来られて本当に嬉しい」と色々な年代の方が、笑顔で答えてくれました。震災という大きな困難に立ち向かう中で、サッカーを心の支えにしている人たちがたくさんいるんだということを教えてもらいました。
 
 私は日本のサポーターの方々を心から尊敬しています。出会った方はみんなエネルギーに満ちていて、イキイキとした表情でした。忙しい毎日で、仕事があって、家庭があって、それぞれの毎日でやらなければいけないことがたくさんある中で、「何かを心から愛せること」「誰かを応援できること」ってすごい力だと思います。サポーターの皆さんに出会って、人としての強さを学びました。私も誰かを心から応援できる人になりたいと思うようになりました。

本当に本当に長くなりましたが、サッカーに出会えたことを心から感謝しています。
22歳の頃、何もわからず、何もできず、ただ不安で自分に自信が持てなかった私は、サッカーを通じて、生き方や考え方を大きく広げることができました。いつも前向きでいること、夢を大きく持つこと、努力を続けること、人を思いやること、常に挑戦すること、決して諦めないこと。サッカーが全部教えてくれました。
 私がそうだったように、これからも一人でも多くの人が、サッカーに出会って、好きになって、学んで、成長して、今よりもっと楽しい人生を送れることを心から願っています。
いままで本当にありがとうございました。

テレビ朝日アナウンサー やべっちF.C.アシスタント 前田有紀

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