「できることは全部やる──安定よりも異常で過剰に」中郡暖菜のサボり方

サボリスト〜あの人のサボり方〜

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クリエイターの活動とともに「サボり」にも焦点を当て、あの人はサボっているのか/いないのか、サボりは息抜きか/逃避か、などと掘り下げていくインタビュー連載「サボリスト~あの人のサボり方~」

コンサバティブな女性ファッション誌が全盛のなか、影をはらんだ独自の世界観を打ち出した雑誌『LARME』をヒットさせたのが、編集者の中郡暖菜さん。そんな中郡さんに、もの作りにおけるスタンスや、逃避しながら仕事をするという斬新なサボり方などを聞きました。

中郡暖菜 なかごおり・はるな
編集者/株式会社LARME代表取締役。大学在学中からギャル系ファッション誌『小悪魔ageha』の編集に携わり、2012年に女性ファッション誌『LARME』を創刊。編集長を4年務めたのち、女性ファッション誌『bis』の新創刊編集長を経て、2020年に株式会社LARMEを設立。『LARME』のM&Aを行い、編集長に復帰した。

下っ端の雑用係として飛び込んだ、編集の世界

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──中郡さんが手がける雑誌『LARME』では、映画や小説などの世界観を企画のテーマにすることが多いかと思いますが、どんなカルチャーに影響を受けてきたのでしょうか。

中郡 本は全般的に好きでしたが、大きく影響を受けたのはマンガですね。中でも印象深いのは、中学生のときに読んだ竹宮惠子さんの『風と木の詩』。フランスの寄宿舎の話なんですけど、その世界観に衝撃を受けました。

──では編集の道に進んだのも、本が好きだったからなんですね。

中郡 中学生のときから本に関わる仕事がしたくて、編集者になりたいと思っていました。でも、どの大学に行ったら編集者になれるのかもわからなかったので、音楽高校からそのまま音大に進みつつ、とりあえずマスコミスクールに通ってみたりして。それも「なんか違うな」と辞めてしまって、出版社のアルバイトに応募して入ったのが『小悪魔ageha』なんです。

──リアルな編集の現場は、やっぱり違いましたか?

中郡 そうですね。一番下っ端だったので編集どころか雑用ばかりでしたが、学ぶことは多かったですし、その時期を乗り越えたことで自信もついたと思います。まだガラケーだしファイル転送サービスも普及してなかったので、手間がかかりましたけど。

読者アンケートのはがきを集計したり、読者に直接電話してアンケートを取ったり。「アイメイクに関するアンケートを50人分取って」と言われたら、ひたすら電話をかけてたんですよ。効率悪すぎますよね。色校正(印刷確認用の試し刷り)や入稿データも直接運んでました。飛脚ですよ(笑)。

難しい壁を乗り越えられたときのほうが楽しい

──下積み経験も糧になっているとのことですが、心が折れたりしなかったのでしょうか。

中郡 折れなかったですね。それよりも早く編集担当になって、ページを作りたいと思っていました。クリエイティブな職業って、下積みもけっこう重要じゃないですか。まわりがフリーの編集者とかだと、教育係がついて教えてくれるということもないので、自分で仕事を覚えていくしかないから。

──そうして能動的に学んでいくうちに、だんだん会議で企画を提案できるような場面も増えていったとか。

中郡 大学生のころから編集会議には出ていて、企画も出していました。ただ、自分の企画が通っても、編集までは任せてもらえないんです。それが悔しくて。社会人になってようやく、自分の企画を担当できるようになりました。

初めての撮影はすごく印象に残っています。自分の思い描いていたものが、カメラマンさん、モデルさん、ヘアメイクさん、衣装さんたちのおかげでいい写真になったのがうれしくて。今でもあのときみたいに撮影したいと思っていますが、なかなかあそこまで感動できる撮影は多くないですね。

──どんな企画だったんですか?

中郡 『セーラームーン』のヘアアレンジみたいな企画で、モデルさんたちにコスプレをしてもらいました。ネットでもけっこうバズったんですけど、それ以上に二次元の世界を三次元で表現するといった、難しそうな内容をかたちにできたことがうれしかったんですよね。

大変そうな壁を乗り越えられると楽しいし、チャレンジをしていくことで個性も磨かれていくんじゃないかなと思います。結果が見えるラクな撮影を続けていると、自分ができる範囲でしか仕事をしなくなって、結局どこかで行き詰まってしまうというか。成長の機会を逃してしまう気がします。

ネガティブな要素も肯定的に取り入れた『LARME』

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『LARME』

──ご自身で新たに『LARME』という雑誌を立ち上げた経緯を教えてください。

中郡 編集者として結果を出せるようになって、「編集長になりたい」「自分の本を作りたい」とアピールするようになったんです。そんなことを言う人がまわりにいなかったのもあり、『小悪魔ageha』の編集長があと押ししてくれて、『LARME』の企画を立ち上げました。

ところが、その編集長が会社を辞めてしまったら、企画自体もなかったことになってしまって……。すでに『LARME』の話は進めていたし、当時担当していた『姉ageha』の企画も最後だと思って気持ちを込めて作ったので、「もう続けられない、自分の雑誌をやる」という思いで、会社を辞めて別の出版社に『LARME』の企画を持ち込んだんです。

──ほかにはない雑誌として、どのような点を意識していたのでしょうか。

中郡 当時の女性ファッション誌って、モテを重視したハッピーでコンサバティブな雑誌がほとんどだったんですけど、無理して笑顔を作らないようなものを求めている人もいるんじゃないかなって感じていたんです。

私自身、悲しいことが起きたとしても何も起きなかったよりはいいんじゃないか、みたいな気持ちがあったので、ネガティブなもの、マイナスなものも悪いものではないというスタンスの雑誌にしようと思っていました。それで、名前もフランス語で「涙」という意味の『LARME』にして。

──そのスタンスが『LARME』のデザインや世界観をかたち作っているんですね。

中郡 色にはこだわりがあって、自分が嫌いな色は使わないようにしているので、ほとんどの号で水色、ピンク、ラベンダーがメインになっています。水色なら水色で、どこまでバリエーションを展開できるかという方向に力を入れているんです。

もうひとつの特徴は、男性がひとりも登場しないことですね。現実にはあり得ないことですが、この雑誌を読んでいるときだけは、現実とは異なるここだけの世界にしたいんです。そのために女の子を男性役にしたり、着ぐるみを登場させたりすることもあります。

ほかではやらないことをやってこそ意義がある

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──企画のテーマを参照するにあたって、基準や作品の傾向などはありますか?

中郡 好みのものがあるというか、嫌いなものははっきりしてますね。お姫様が出てくるような作品は雰囲気的に近いと思われがちなんですけど、王子様ありきの物語が好きじゃないんですよ。『不思議の国のアリス』みたいな、自分の物語を生きて、冒険するような作品が好きなんです。

でも、『小悪魔ageha』に始まり、『bis』という雑誌も作っていましたし、『LARME』も50号以上出ていますから、自分の中にもうストックがなくて……。最近は、1号作り終えたらインプットの期間を設けて、必死に何かを読んだり観たりしています。それを次の号ですぐ使う、みたいな(笑)。

──ご自身のセンスや価値観と、読者の求めるものや売れ行きとのバランスについては、意識されているのでしょうか。

中郡 最近はあまりバランスを気にすることがなくなってきました。長くやってきたから聞かなくてもなんとなくわかるんですよ、ビジュアルがメインの企画より実用性のある企画のほうが人気だとか。でも、それで実用性のある企画ばかりにしたら『LARME』ではなくなってしまうし、ほかの雑誌ではやらなそうな企画をやることに意義があるというか。

本が売れなくなってきて、雑誌は発売日に電子版が読み放題になっている。そんな状況で売り上げをどうにかしようとしても、気持ちが暗くなるだけじゃないですか。それよりも『LARME』をたくさんの人に知ってもらって、接触面を増やして、本だけの存在を越えたリアルなカルチャーのひとつとしてイベントなどにつなげていくほうが重要かなと思ってるんです。

「異常と異常の間」を走り続ける

──より広く、人に何かを届けるという点で大切にしていることはありますか?

中郡 何においても、自分にできることは全部やりたいと思っています。先日、知り合いの漫画家さんに新刊の宣伝について相談されて、いろいろと提案したんですけど、担当編集さんには「そこまでやらなくてもいいんじゃないか」と言われたらしくて。大手出版社の編集さんにとっては、がんばらなくても売れる作品だし、必死になって無理しても自分の何かが変わるわけでもないし、むしろリスクが増えるから、どうしても保守的になるというか。

私は安定したくないんです。漫画家の楳図かずおさんが「異常の反対は安定じゃなくて、また別の異常がある。その中心にあるのが安定だから、安定を目指すと内に入ってしまってよくない」といったことを言っていたのですが、すごくいい言葉だなって。私はその言葉を信じて異常と異常の間を行き来しているので、どうしても過剰になっちゃうんですよね(笑)。

──常に難しそうなことにチャレンジする、というスタンスとも共通したものを感じます。では、会社の代表として今後チャレンジしてみたいことなどはあるのでしょうか。

中郡 すでに決まっていることとしては、新宿の東急歌舞伎町タワーで『LARME』10周年のイベントをやる予定で、それが楽しみですね。歌舞伎町って、今一番文化が生まれそうなカオスな場所で、『LARME』との相性のよさを感じていて。私はユートピアよりもディストピア派なので、安定してない混沌とした街と一緒に変化していけるのが、カルチャーとしてカッコいいなって思うんです。

罪悪感を糧にすると、仕事に集中できる?

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──中郡さんは、動き続けて忙しさがピークになったとき、サボったり、息抜きをしたりすることはありますか?

中郡 辛いものとか、注射とか、刺激物が好きなんです。本当に忙しくなったり、仕事でイヤなことがあったりしたら、刺激物を求めてしまいますね。「からっ!」「いたっ!」みたいな刺激って、一瞬そっちで頭がいっぱいになるじゃないですか。それが私のストレス発散方法です。

──刺激に慣れてくるようなことはないんですか?

中郡 今でも辛いものを食べた翌日は、普通にお腹が痛くなったりしますよ(笑)。あとは、飛行機や新幹線に乗るような長距離の移動が好きで。いきなり北海道や福岡に行ってしまうこともけっこうあります。

長距離を移動していると、その罪悪感ですごく仕事が捗るんですよ。移動中にやらなきゃいけないことを一気に解消しています。結果的に移動も楽しめて、マルチタスクをこなせたようでうれしいっていう。

──仕事とサボりを同時に行うというのは斬新ですね。移動という制限がうまく働いている部分もあるのでしょうか。

中郡 そうですね。移動自体は遊びなんですけど、仕事をするために移動するようなところもあります。家とか会社だと、何かと連絡が来たりして集中できる時間が作りづらいじゃないですか。移動していると対応できなくなることも増えてハラハラするんですけど、そのぶん集中できるんです。

調子が悪くなるかもしれないのに辛いものを求めてしまう感覚と近いかもしれませんね。破滅的な行動が好きなんですよ。毎日同じルーティンを繰り返すような生活ができなくて、辛いものを食べて、めちゃくちゃお酒飲んで、なんか具合悪い、みたいな日常を送っています。

行動からしか新しい出会いは生まれない

──では、無心になる時間、心が休まる時間などもあまりないんですかね?

中郡 心の安らぎもあまり大事にはしてないですね。「安らいだら終わり」みたいな(笑)。ただ、寝る前にマンガを読んでいる時間は幸せで、安らいでいるような気がします。寝る前に読むのはエッセイ系のマンガが多くて、清野とおるさん、まんきつさん、山本さほさん、沖田×華さんといった漫画家さんの作品を繰り返し読んでいます。

──仕事のためのインプットとはまた違う時間なんですね。

中郡 そうですね。インプットのほうは仕事感が強くて、サボりではないかもしれません。この前も必死になりすぎて、「何かあるかもしれない」と盆栽展を見に行って、特に何もなく帰ってきました。

でも、自分の目で見たもの、実際に体験したものについてしか、何も言えないと思っているので、行動するのは大事なことで。ネットで盆栽を見ても、好きなのかどうかもわからないじゃないですか。ピンとこなくても、そのことがわかっただけでいいんです。

──やったことのない仕事が成長につながるように、実際に行動して経験することで、新しい刺激や感動に出会えるんですね。

中郡 先日、「ニセコにスノーボードをしに行こう」と誘ってくれた友人がいて、スノボはできないし、寒いのもイヤなのに、マイルで行けるなら行こうと思ったんです。でも結局、ちょうどいい飛行機がなくて断ってしまって。ただ、興味がなくても、チャレンジする機会があるなら前向きに検討してみるのはいいですよね。あくまでマイルで行けるのなら、っていうレベルですけど(笑)。

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撮影=石垣星児 編集・文=後藤亮平

 

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