なんでもない日常が最高に思えた、ふたりだけの夜(ナナヲアカリ)

エッセイアンソロジー「Night Piece」

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エッセイアンソロジー「Night Piece〜忘れられない一夜〜」
「忘れられない一夜」のエピソードを、毎回異なる芸能人がオムニバス形式でお届けするエッセイ連載。

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ナナヲアカリ
YouTube登録者数77万人超え、今までにアップしたMVは動画投稿サイトで累計3億回再生を突破。2016年にニコニコ動画で発表した「ハッピーになりたい」が話題となり、2018年にテレビアニメ『「ハッピーシュガーライフ』のOPテーマ「ワンルームシュガーライフ」でメジャーデビュー。その後、2020年にテレビアニメ『理系が恋に落ちたので証明してみた。』EDテーマとしてリリースされた「チューリングラブ feat. Sou」がSNSから火がつき大ヒット。MVの再生回数が7600万回再生を突破し、いまだにカバーなどで人気を博している。中毒的なファニーボイスとキャラクターが人気となり、ディスコミュニケーション気味な言動やコミカルさ、ダメ天使と呼ばれるポンコツなキャラクターが世代のアイコンとして愛されている。
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“あ、世界にふたりだけみたいだ”
ある蒸し暑い夜、親友の背中を見つめながら私はそう思った。これはその瞬間に至るまでのなんてことのない、どこにでもある、かけがえのない、夜の話。

まずは、今回の話を綴るにあたって欠かせない存在の私の親友について少し話しておこうと思う。

私には上京してから出会った親友がいる。彼女とはもうすぐ7年の仲になる。距離が縮まったきっかけは同時に失恋をして極寒の代々木公園でビールを飲み、叫びながらバドミントンをしたことだ。地獄みたいなきっかけだけれど、親友になるのに時間がかからなかったのもこれのおかげなので、今では当時のすべてに感謝している。彼女は写真を撮ること、特に人を撮ることが好きで、遊ぶときにはいつもフィルムカメラを持ち歩いており、おもしろそうな場所があるとおもむろにシャッターを切ってくる。本来は不意に写真を撮られることがあまり得意でない私だが、彼女から向けられるレンズはむしろうれしくて、なによりも自然体な姿で写ることができる。私は彼女の撮る写真が大好きだ。

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さて、その日は共通の知り合いのアーティストの初の個展を観に行っていた。愛の物語をテーマにした一連の作品の説明を受けながら、私たちは(答えなど出るはずもない)自分たちなりの愛について考え、難しい顔をしつつポップでかわいい色彩の展示を堪能した。展示会場を出ると空がオレンジ色とピンク色を混ぜたような色になっており、特に相談もないまま「歩くか」となって歩き始めた。阿吽の呼吸というのだろうか、言葉のいらない彼女とのこういう瞬間に私はいまだにテンションが上がるわけで、この日この瞬間にも私の心は例外なく踊ったのだった。ふたりともに馴染みのない麻布の町を地図も見ないで適当に歩き出す。「こっちのほうが賑やかそうだし、いずれどっかしら着くっしょ」精神で散歩をするのが私たちの基本ルールだ。

坂道や公園、不思議な靴下の履き方をしているおじさんなどに気を取られながらもぐんぐん歩く。
THE 麻布なパン屋さんで硬めのパンを買って食べたり、きれいな雲見たさに建物全部なくなればいいのになんて冗談を言いながら写真を撮ったりし、どこまでも自由で適当な散歩の女たちはついに恵比寿にたどり着いた。

気温自体はそこまで高くはなかったけれど、湿度がうんと高い日だったのでさすがに疲れが出ていた私たちに必要だったのが“冷たいアルコール”。こぢんまりとした焼肉屋さんに吸い込まれ、緑茶ハイを流し込む。おいしい。いろいろな部位を少量ずつ頼みながら、その中にカルビの選択肢がないことに年を重ねたことを感じながら、いつもどおりのくだらない日々の話や最近の各々の恋愛事情などについてダラダラと話した。
もちろんたまにまじめな話題もするにはするのだが、彼女と私の間で行われる“悩み相談”は決まって“爆笑”に終わるので、ここで特筆する必要はないだろう。

お店を出るともう日は沈んでいてすっかり夜になっていた。あのオレンジとピンクを混ぜた色の空から夜に変わるまでの時間の短さから、夏の終わりを実感する。緑茶ハイを3杯飲んで、イスにも座って元気が出た女たちの散歩はここからが本番である。

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「うちらの時間きた~」
ふたりで撮る写真の多くが夜であること、私が夏の日中を極端に嫌っていることなどから私たちは夏の夜をそう呼んでいる(ちなみに秋の晴れた日中も“うちらの時間”だったりする)。 再開した散歩ももちろん目的地は定まってはいない。とりあえず歩く。大通りはあまり楽しくないのであえて逸れた道を選んで歩いていく。
東京の渋谷区、恵比寿にもこんなところがあるのか、みたいなものを探していく。

無造作に置かれた壊れた植木鉢、ツタが生えてるアパートだったであろう瓦礫、くまモンをゴリ押ししている熊本関係ない謎の店etc...私たちはそういった“ちょっと違和感のあるヘンテコ”に目がない。

大通りを外れた道を歩くことの意味はほかにもある。音楽をかけながら歩けることだ。ふたりの間で流行っているSNEEEZE の「どうする」という曲を永遠のようにリピートしながら踊り歩く。お気に入りの曲を聴きながら大好きな親友と踊り、行くあてのない散歩をする。
なんて贅沢な夜なんだろう。

恵比寿ガーデンプレイスあたりに差しかかったころ、それまであまり見えていなかった月がはっきりと見えて私たちは足を止めた。数日前が中秋の名月だったので、この日の月もものすごい輝きで街を照らしていたのだった。すぐ近くのちょっと高いところにあった階段の縁に腰かけてしばらく黙って月を見上げる。さっきまで無風でジメジメした空気だったのに、その瞬間涼しい風が吹いてじんわりと滲んでいた汗を冷やしてくれた。こういう瞬間にも私はいちいち“奇跡”のようなものを感じてしまいうれしくなるのだ。

「待って、絶対最高」
そういって私は彼女におもむろに携帯を渡す。彼女は「えぇ?」と言いながらも即座にカメラを構えて数枚写真を撮ってくれる。ほら、最高。携帯を返して彼女は次に自分の持っていたフィルムカメラを私に向ける。風の音に混じって微かに聞こえるシャッターの音。絶対にいいことがわかっているので特に何も言わずまたふたりで月を眺め直す。
月からふと視線を落とすと、なで肩な彼女の背中があった。

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その瞬間、風の音も、虫の声も、遠くから聞こえていた自動車の走行音もなくなって
“あ、世界にふたりだけみたいだ“
と思った。

なぜ彼女の背中を見た瞬間そう思ったかはわからない。ただ、強烈にそう思った。
それと同時に無性にこの夜すべてが愛おしくなって泣きそうになったのだった。

日常は自慢話と他人の話であふれている。自分をどうにかよく見せようと躍起になっている人でいっぱいだ。仕事の話や誰かの噂、知り合いの有名人がどうだとか、フォロワーが何人だとか、恋人がどうだとかほかにもいろいろ。私はその手の話題が人一倍苦手で、自身にとって心底どうでもいいことが飛び交うそういった時間に息苦しさと疎外感を覚えている。そんな場所にいることはもちろん、なんだかんだでうまく立ち回ってしまう自分のことも嫌になる。そんなモヤモヤを心のどこかに隠していてからのこの夜である。泣きそうになって当然だ。

空気が気持ちいいから歩こう、月がきれいだから写真を撮ろう、疲れたから休もう、眠たいから帰ろう、やっぱラーメンを食べてから帰ろう、また明日。私にはこれがいいのだ。
高価なものも豪華な暮らしも大成功も必要ない。
こんななんてことのない時間を最高だと共有できる親友がいるのだから。

彼女の背中を見ながらそんなことを思って私はふふっとにやついた。
振り返った彼女が「なんだよ」と言って笑う。

「楽しいいいいい最高おおおおお」

ふたりだけの世界、私は少し駆け出して伸びをして叫んだ。
そのまままたゆらゆらとリズムを取りながら歩き出す。大好きな彼女もついてくる。
遠い未来でもこんな夜を過ごしていたい。永遠よりも長い夜。

再び始まった適当で愛すべき女たちの散歩の目的地がようやく決まる。

 “美味い酒のあるお店だ。

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文=ナナヲアカリ 撮影=中山 桜 編集=宇田川佳奈枝

エッセイアンソロジー「Night Piece」