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デュエット決勝 日本銅メダル獲得 詳報

投稿日:2016年08月18日 08:00

  20160816シンクロデュエット決勝。

いやあ、ほんとうにどきどき、はらはら、バタバタ・・・ぐったりの一日でした。それでは振り返ってみましょう。

日本は前日のテクニカルルーティーンでウクライナに0.0144の僅差で敗れ、ロシア、中国、ウクライナ、日本、スペインと、4位発進で、今日の決勝のフリールーティンを迎えました。この4位で決勝に臨むことが心理的にどう影響するのか、そしてフリー演技で逆転メダルを獲得できるのか、ポイントはそこに絞られました。

強豪国の演技順は以下の通り。

7:ロシア、8:中国、9:日本、10:イタリア、11:ウクライナ、12:スペイン 

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★演技順7番

ロシアが潮騒を思わせる音楽で、マーメイド(人魚)をテーマに演技。

ダイナミックな運動量もありながら優雅さも備えたこれまでとは一味も二味も違うルーティーン。

これまできびきびとした動きを得意としダンチェンココーチが、おそらくこれが引退記念の演技と思いながら作ったのでしょうか。優しさと力強さが同時に印象に残る演技でした。

ママさんになって現役を続けているイシェンコのとしての女性としての魅力も満載。

Excution:29.5000

Artistic Impression: 39.333

Difficulty :29.7000

Total:98.5333

T&F:179.8916

 

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★演技順8番

中国の黄雪辰とSUN

ロンドンオリンピック劉鸚と銅メダルを獲得した黄雪辰が、パートナーを変えて再び登場。SUNもソロでテクニカルを泳ぐなど技術的に定評のある選手。これまでスペインや米国のコーチをしてきた藤木麻祐子さんが振り付けた演技。

Excution:29.1000

Artistic Impression: 38.8000

Difficulty :29.1000

Total:97.000

T&F:171.8550

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先に演技し終えたロシアが電光掲示板をじっと見つめ、このスコアーを確認して、自分たちの優位を確かめた後、ミックスゾーンでのインタビューに答えていました。

 

★演技順9番

日本の乾友紀子と三井梨紗子が登場。

風神雷神をテーマにして、天気の移り変わりを第一章、第二章、第三章、第四章と舞台のように展開させていきます。

水着はそれぞれのお母さまがラインストーンを縫い付けてくれたもの。

しゃきしゃきした演技、力強さがあふれ、途中の鳥のさえずりが聞こえる晴れ間では、優しさあふれ思わず演技にくぎ付けになるような構成。

電光掲示板に表示されたスコアーは予選のフリーの得点を上回るもので、それまでじっと演技を見つめていた井村コーチも

「よくできました」と笑顔で一言。

Excution:28.5000

Artistic Impression: 37.7333

Difficulty :28.7000

Total:94.9333

T&F:171.8550

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後は、あとに演じるウクライナとスペインを待つばかり。

 

★10番目

イタリア リンダ・セルッティーとコスタンザ・フェロー

友松由美子コーチがジュニア時代から育ててきたセルッティーが化けてきました。顔が小さくて手足が長く、天から与えられた素晴らしい才能を開花させ始めています。

予選では91点台でしたが、92点台に乗ってきました。

今回のイタリアは、3月の五輪最終予選でカナダやスペインを抑えて、8か国しか出場できないチームにも顔を見せています。

それだけに強化に対する姿勢は本物です。友松さんがイタリアに根を張って頑張っている成果が着実に表れているようです。

Excution:27.6000

Artistic Impression: 37.0667

Difficulty :27.7000

Total:92.3667

T&F:182.8079

 

★11番目

ウクライナ ロリータ・アナナソワとアンナ・ヴォルシナ

世界水泳でも日本の乾&三井と熾烈な戦いを展開し、これまで勝ったり負けたりとイーブンの試合を展開してきました。

女王ロシアに似た長い手足と柔軟性ですが、ロシアと違う点は、ストレッチの仕方でしょうか。ロシアの選手たちは脚の筋が見えるほど常に張った脚で演技を続けていますが、ウクライナは速い動きはするものの、脚のストレッチはそれほどではありません。持ち点となる前日のテクニカルの得点で日本をリードしていただけに、この出来がすべてを左右することになります。

乾と三井、そして井村監督がじっと電光掲示板を下から見つめていました。

Excution:28.1000

Artistic Impression: 37.6000

Difficulty :28.3000

Total:94.0000

T&F:187.1358

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この数字を見た瞬間、井村監督が、「勝った!!」と叫んで万歳。

二人を抱きしめました。

 

★12番目

スペイン オナ・カルボネルとジェマ・メングアルの二人。

ソロとして世界水泳でともに銀メダルを獲得している二人がデュエットを組みます。スペインはチームでオリンピックに出場できる権利を無くしてしまったので、このデュエットに起死回生をかけたといっても過言ではありません。往年の欧州女王をカムバックさせ、このデュエットにかけてきました。

決勝のフリーではスペインの魅力ふんだんな柔らかな鞭のような脚技を展開させていました。

しかし、前日のテクニカルの得点が低すぎました。フリーだけの得点ではウクライナを上回ったものの、テクニカルとの合計で競う最終得点は0.5近く及ばず、5位に甘んじたのです。

Excution:28.8000

Artistic Impression: 37.7333

Difficulty :28.1000

Total:94.1333

T&F:

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そして、前日のテクニカルの得点を加えた最終結果がこちら。

1位 ロシア

2位 中国

3位 日本

4位 ウクライナ

5位 スペイン

6位 イタリア

7位 カナダ

8位 フランス

9位 米国

10位 ギリシャ

11位 メキシコ

12位 オーストリア

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それではここで、演技後のミックスゾーンでのコメントをお伝えします。

乾「ここまで来たらどこが勝ちたいかという気持ちを届けるだけかという勝負だと思うので、何も恐れず思い切り泳げました」 

三井「ここまで来たら、やってきたことを出し切るだけで、悔いのないように泳ぎ切ろうと思いました」

井村「よく我慢するところは我慢してきたと思います。ともかくすごく練習してきたので、やりのことしだけは、これができたのにという、そういう思いだけは絶対にしてほしくないと思っていたので、よく泳いでくれたと思います。」

Q:胸に迫るものがありました。

井村「そういう風に伝わったらうれしいです。彼女たちのあるものは全部出したと思います、」

乾「そういう言葉を言っていただけるのは、とてもうれしいですし、本当に届けようという気持ちがあったので、少しでもそう思っていただけたら嬉しいです。」

三井「本当にたくさんの人に支えられてここまできましたし、曲も水着もですし、本当にいろんな人に支えられてここまで来ましたので、それを恩返しできる演技をしたいと思いました。」

Q:今日は特別な日ですね(井村さんの誕生日)

乾「まだ結果は出ていないんですが、最高のプレゼントをという気持ちはもう一年前からずっと思っていたので、」

井村:「うれしいですし、本当にここに立ったら、みんなからお誕生日おめでとう。きっとあなたには今日は選手たちが素敵なプレゼントをしてくれるよと世界のコーチから何人もから声をかけられたんです。本当にここに来るまでにはほんとうにたくさんの方々の力をいただいてここにこれて、いい結果を待つだけです。」

Q:先ほどロシアの二人から「あなたたちの選手たちに素敵なチャンスがありますように」とメッセージをくれました。

井村「うれしいです、とてもうれしいです。それはきっと選手たちが一生懸命する姿を見て、同じ選手同士、コーチ同士でエールを送るんだと思います。それがスポーツだと思います。とてもうれしいです。」

 

結果を見る3人、じっと手を合わせて、二人で手をつなぐ乾と三井

ちょっと離れている井村コーチ。

数字を真っ先に確認したのは井村コーチ。「勝った!」と叫んで万歳。

 

乾も三井も涙でぐしゃぐしゃ。井村さんから「ありがとう。よかった」「やめんで良かったね。」

井村さんもそっと涙を拭いていました。

 乾「先生に、泳いだら勝てるプログラムにしてある」と言われたので、それを信じて泳ぎました。まだ結果が出ていないのですが、続けてきて、よかったです。

三井「昨日テクニカルで4位になってしまって、井村先生にも「オリンピックは自分たちで越えなければいけないものがると言われ、あとは自分たちで超えるしかないと、あとは、やれば絶対取れるようなプログラムに作ってあると言われたのでそれを信じて泳ぎました」

 

表彰式を観客席から見る井村さんは、両手を上げて選手たちを祝福。

手を振りながら、「おめでとう」と顔くしゃくしゃにして叫んでいました。

 

メダルを首からかけて乾・三井がミックスゾーンに戻ってきました。

乾「大きいし、重たいし・・・もっといろいろ考えることがあるかと思ったんですが・・・・・

今、自分が表彰台に乗っていることをかみしめました。」

Q:長かったですね。

乾「そうですね、北京ではメダルを獲得されていて、ロンドンで自分が泳いで落としてしまったメダルだったので、絶対に自分がまたこうやって自分が落としたメダルを戻したいって、本当にたくさんの方の力を借りてやっと自分のやるべきことができたんじゃないかと思います。」

Q:本当にハードトレーニングでした。

「今日、試合を泳ぐときも、これだけやってきたんだから絶対大丈夫という気持ちは自分の中にもありましたし、どんな大会ともオリンピックは違うんだなというのを教えてもらいました。」

Q:お母様号泣してらっしゃいました。

「こうしてセレモニーが終わって観客席を回った時に、皆さんの顔を見て、表彰式を待っている間も、一時はうれしいという気持ちと、これが、自分たちがこれから表彰式なんだなという気持ちが・・・

Q:大変でした。

三井「毎日が地獄のようだったんですけれど、ワン(乾)さんが、ワンさんはもちろんですし、井村先生にも引っ張ってもらって、自分にできるのかなって思ったんですけれど、(涙)ここに最後立つことができて良かったです。」 

井村コーチに二人からメダルがかけられます。

この日66歳のお誕生日。素晴らしいプレゼントになりました。

 

井村監督インタビュー

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Q:しびれました!

三井「しびれました。ありがとうございます。あの子たちもオリンピックのメダリストにしてやれました。まず」

Q:この2年半つらかったですね。

「大変ですよ。今そのことがわすれられない・・2日前も彼女たちを叱咤激励しなければならないくらい大変でしたよね。でも私の中で連れてきた選手にメダルがないのは許せないのでどうしても、だから彼女たちをメダリストにしてあげられて、そこに連れて行ってあげられてよかったです。」

 

Q:乾さんにとってはローマ(世界選手権)の時からずっとメダルがなくて。

「乾に思わずロンドンで辞めなくていいでしょう、よかったでしょうと言ってしまった。辞めなくてよかった。やっぱりスポーツというのは一生懸命やっている選手はいつの日か報われなくては駄目じゃないですか。それがスポーツの良さじゃないですか。毎日毎日自分の心に打ち勝って、身体を酷使してぎりぎりにまで着たらと思ったらまたぎりぎりまで行って。それが実を結ぶのがスポーツのあるべき姿やと思うので、彼女もね、時々は自分に甘い時もあるけれどひたすら頑張る子だから、彼女をどうしてもいいところに連れてやりたかったんですね。

Q:先生の秘蔵っ子といわれてから長く長く

「縁がなかったんでね、あの子とは。この3年の間で一流選手になったと思いますよ。それは心が一流選手になったと思います。そして今回のこれですごくたくさんのことを学んだと思います。

Q:梨紗子さんが思わずうるうる来ていましたけれど。もうついていけないと思う瞬間が練習で何回もあって。

「たくさんあって、何回も泣いていました。もう自分はだめじゃないかって。でも時々、たくさんは言わなかったけれど、梨紗子ちゃん以外にいないんだと、私は今も迷っていない。あなたをワン(乾)の相手にしか思ってない。迷いもしてない。誰かと比べてない。あなたに決めているから。あなたはできると信じているから。やらなダメなんだと言ってきました。最後の最後まで送り出す寸前まで、彼女の技術的に足らないところを言い聞かせてやりました。」

 

Q:ここにきて一日一日成長したんですね

「成長しました。そしてデュエットらしくなりました。初めは2年前に、2014年には梨紗子ちゃんの脚もうつくしくなかったし、どっちがどっちってすぐわかった。でも今は時々どっちがどっちかわからなくなる。ああこれが素敵なデュエットやなと思いました。」

 

Q:先ほど客席から表彰式をご覧になっていましたが、どんなおきもちでしたか?

「二人とも綺麗。綺麗って美人、輝いているなと思いました。やっぱりあの子たちにとってはすごい試練を乗り越えてきて、この場に立てたから心から心がそのままに出ているから。ああこんなにメダリストって、あるものを超えた人ってユニフォームも似合っているし、とっても綺麗と思いました。」 

Q:このオリンピックは9度目の五輪。9回の五輪で表彰式にすべて選手を乗せている。今回は違うものがあったのか。

「あのね、今までは彼女たちはこれを超えたらメダルに届く、という考えはずっとあったんです。今回の子たちは、ともかくメダリストにしてやった時にたくさん気が付くだろうと。このメダルもそうです。これがメダルを彼女たちの手に残さないと、今までやってきたことはなんだったのということがわからないと思うんですよ。彼女たちを引っ張っていくのが大変なのは、そこにどうしても連れていってやらないといけない。その時に彼女たちには、人よりもハードなことをしなければならない、同じことをしていてはダメ、真似もダメ。テクニカルルーティーンでは0.0なんぼでも負けたじゃないですか。その時に言ったのは、「簡単に勝たしてくれないでしょう。自分の思いが、大きな願いが叶おうとするときは最後の砦が必ず来るんだと。その砦はあなた方が自分の力で超えなければ、大きな願いはかなわないんだよ。簡単に勝たせてくれないねと昨日言いました。あなたたち本当に勝ちたければ自分の力でここは越えて、負けているけれどそれを挽回しなさい。って言いました。本当は2004年までの私は最後は優しく優しくやっていたんだけれど、今回の子は違う。全然違いますね。」

 

Q:でもやっぱり先生も大変だったでしょう。

「でも勝った時のあの子たちのあの輝きを見たら、やってよかったって。なんかあの子たちのお手伝いができたかなと。輝くお手伝いできたかなと思ったらこれはコーチ冥利ですよ。」

 

Q:二人が銅メダルを首にかけてくれましたが

「今回のメダル思いっきり重たいの。中身も重たいけれど、本当に重たかったです。機会があったら触ってください。でも思いました。本当のオリンピックのメダルだって。」

 

Q:この重みの中には彼らの練習のつらさも、涙も・・

「つらさも、そして今回はデュエットに関しては作戦勝ちで、あのデュエットを支えるプロジェクトの勝利だと私は思っています。この演目にして、この曲にして、この水着にして、全部作戦をして、世界がダンダンなっている中で(世界の国の曲がリズムだけで進んでいく傾向があるという意味)、一幕目二幕目、三幕目、四幕目っていう風に舞台を見るようにして、あえてみんながしない時に静かな曲にして、人の心をひきつける。そのためには音楽もものすごくこだわって。水着もそうだし。デュエットを囲むプロジェクトの勝利ですよ。違うものを持ってきていたら負けていたと思います。今回はウクライナと同じようなノリのものとか、リズミカルだけなもので突っ走ったら、負けていたと思います。これは構成の勝ちです。それを泳ぎ切った彼女たちの勝ち。」

 

Qチームも全部作戦がある。

「作戦があるんです。それがはまることを願っています。

 

Q:ジャパニーズスタイル。

「はい、ジャパニーズスタイル。みんなの首にメダルをかけてあげたいね。」 

 

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この後、興奮も冷めやらぬ私たちがバタバタとしていると、プールではすでにチームの練習が開始されておりました。

デュエットの二人も着替えて合流。井村雅代コーチの声が響いていたのです。

次は全員にメダルを・・・・

 

 

以上、1984年シンクロが五輪正式種目になったロサンゼルス大会からリオまで、すべての五輪シンクロの試合を取材してきた宮嶋泰子がお伝えしました!(笑)

 

 

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シンクロ銅メダル 井村さんの執念

投稿日:2016年08月18日 01:37

リオデジャネイロ五輪で、日本のデュエット乾友紀子さんと三井梨紗子さんが銅メダルを獲得。

選手も井村雅代コーチも涙ぐむ銅メダルでした。

その涙の訳は・・・・

今日はシンクロ裏の裏をお伝えします。本当に大変な道のりでした。

 

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北京オリンピックでは、中国の美人双子の追撃をかわして、日本の鈴木絵美子&原田早穂が銅メダルを獲得。しかしチームでは5位に沈み、さらに4年後のロンドンオリンピックではデュエットもチームも5位という成績に終わったのです。1984年のロスアンゼルス五輪からメダルを獲り続けてきたシンクロが無冠に終わった陰には様々な動きがありました。

2004年、アテネ五輪でデュエットとチームに銀メダルをもたらした井村雅代コーチは、しばらく日本代表コーチを休みたいと申し出ます。日本代表ではなくなった彼女の元には世界各国からコーチの要請が届きました。そんな中の一つ、中国を選んだのです。

それまで7位が定位置だった中国を、就任3か月後に行われた世界選手権で4位に押し上げ、その勢いをさらに加速し、2008年の北京五輪では、中国チームに銅メダルをもたしたのです。

その後、中国での仕事を終えた井村さんは日本に戻って、井村シンクロクラブで新たなデュエットを作り上げるべく情熱を注ぎました。それが乾友紀子と小林千沙でした。

乾・小林の二人が日本選手権で優勝し、ロンドン五輪の代表候補となったものの、彼女たちを指導してきた井村雅代コーチは日本の代表コーチには選ばれませんでした。「敵国を指導してきた」ことが連盟幹部の逆鱗に触れていたのか、若手コーチ育成という名のもとに井村さんは排除されたのか憶測しかできないのですが、日本水泳連盟からは日本のメインコーチとして井村はいらないと言われたことだけは事実です。

 

日本代表コーチとして指名されなかった井村さんは、仕方なく北京五輪に続いてロンドン五輪も中国のナショナルコーチを引き受けます。それは井村さんの信念でした。

「現場でトップ選手の真剣勝負の指導をしていないと、刀が錆びる。いつか日本のためにこの刀を抜く時がきっと来るはず。その時のために、私は中国を指導する。」

 

2012年のロンドン五輪シンクロデュエット予選、演技順は日本の演技の次が中国でした。

中国チームのコーチとして、会場の隅で待機していた井村雅代さんは、乾・小林の演技を目の前で見ることになります。そしてあまりにこわごわと泳いでいるのに胸を痛めました。

しかし、その思いを伝えるすべはありません。周りには中国選手や中国の関係者がいます。乾と小林の周りにも日本の関係者がいます。いくら井村シンクロ所属の選手とはいえ、今は日本選手団の一員である二人にアドバイスをすることはできません。

試合が終わり、インタビューを受け、一人会場から帰ろうと井村さんが赤い二階建ての選手村息のシャトルバスに乗った時に、あの出来事が起きたのです。

「思い出すだけで涙が出る」今でも井村さんはそう言います。

なんと、乾さんと小林さんの二人が、二人だけで、バスに乗り込んできたのです。

周りには中国関係者も日本の関係者もいません。

井村さんは、こう切り出しました。

「私は今日、あなたたちの演技を会場で見ていたのだけれど、気づいたことを話してもいい?」

乾さんと小林さんはもちろん、「お願いします」と答えました。

「あなたたちなんであんなにこわごわ泳いでいるの?ここはオリンピック、自分のエネルギーをすべて伝えなくちゃダメ。もっとパワフルに恐れずに泳ぎなさい」

それは真のコーチと教え子の会話でした。

井村さんはこう振り返ります。「あれは神様がくれた時間でした。あんなこと普通はあり得ない。私たち3人だけがあの二階建てのバスにいたんですから。」

 

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ロンドンオリンピックが終わった後、小林千紗は引退を決意。米国にコーチ留学をしました。

乾友紀子は、選手を続けることを決めました。

 

井村不要論から必要論にがらりと変わったのは、2020年のオリンピックが東京に決まったことからでしょう。

2013年9月にブエノスアイレスのIOC総会で2020のオリンピックが東京に決まったものの、シンクロ界の行く末は暗澹たるもの。これを打破するには井村雅代コーチの力を借りるほかないと、往年の盟友、金子正子日本水泳連盟幹事が動いたのです。

金子さんと井村さんはいわゆるプロデューサと監督の関係。1984年のロス五輪の時から、二人で日本のシンクロ界をけん引してきました。二人は考え方が多少違うところもありますが、シンクロに対する強化という意味では同じベクトルで取り組んでいきました。

2014年2月から日本代表を見るようになった井村さんは、会うたびにこう話しました。

「この子ら、まるで異星人や。日本語が通じん。何考えてるのかわからんわ。」

2004年にアテネ五輪でデュエットとチームに銀メダルを獲らせてから、日本シンクロ界を外側から見ていた井村さんにとって、メダルを獲る喜びや苦労を知らない世代は、理解に苦しむ選手たちだったのです。

意識改革から始めました。肉体改造も始めました。

それはスポーツの基本から、すべてを作り直す作業といってもよいでしょう。

 

取材に行くたびに、涙なし見られないくらいハードなトレーニングが多かったのですが、毎回選手たちが変わっていくのを見られるのが楽しみでもありました。

懸垂を一回しかできなかった乾さんが、数か月後10回できるようになったのを見て、いったい今まで何をやっていたのかと不思議に思ったほどです。

あまりの痛さに涙を流しながらストレッチをする選手の耳元で、「そうや、そうや、人間だから涙が出てくるのは当たり前。歯を食いしばってやるんや。ほら、できるやないの!」と声をかける井村さんの言葉には愛情がこもっていました。

無酸素の状態で泳ぎ込むハイポトレーニングは選手たちが最も恐れているトレーニングです。気が遠くなりそうなハイポトレーニング。その時、ホワイトボードには魔法の言葉と絵が描かれていました。

「これを超えれば強くなる。ハイポ!」

井村さんが自ら描いた力こぶを見せる女の子のイラスト。

いつしか、気づくと、その女の子のイラストにはメダルと表彰台が書き加えられていました。選手たちが自分たちで書き加えていたのです。

 

そうして迎えたのが、このリオデジャネイロ五輪。

ロンドンでメダルを逃した乾が、新たなパートナー三井梨紗子とともに挑みました。

一方、米国へのコーチ留学をした小林千紗は、今回日本チームの総務として帯同しています。これも井村さんの粋な計らいでしょう。

 

「選手は変われる。メダルを獲る手伝いができたと思うと本当にうれしい」

66歳の誕生日のお祝いは乾さんと三井さんからの大きな重いメダルでした。

 

デュエット決勝、その詳細ドキュメントは、また、書きます。

まずはここまで。

1984年のシンクロの五輪演技はすべて現地で取材してきた宮嶋がお伝えしました。(笑)

 

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