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世界一のスポーツラボ 鹿児島に現る!

投稿日:2015年09月30日 13:18

9月12日、鹿児島空港から錦江湾沿いに桜島を右手に眺めながら鹿屋市に向かいました。鹿屋は「かのや」と読みます。

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国立で唯一の体育専門の大学、鹿児島県鹿屋市にある鹿屋体育大学に「スポーツパフォーマンス研究棟」が完成し、そのお披露目に伺ったのです。

2008年にこの大学の学長に就任した福永哲夫氏の「バイオメカニクスの技術を使ってスポーツ現場でのコーチの客観性を求めていきたい」という強い思いが実って、この棟が完成。

国からの資金に加え、鹿屋市からの2億5千万円の寄付も活用して、総工費13億円をかけて建設されました。

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竣工記念式典は、文部科学省スポーツ局長や2020東京オリ・パラ組織員会の森会長なども顔を見せ、盛大に行われました。

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鹿屋体育大学の経営協議会委員を務めている関係から、私も人生初めて、法被を着て四斗樽の鏡開きのセレモニーに参加させていただきました。

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さあ、それでは早速、世界ナンバーワンを誇るスポーツ科学の粋を集めた施設をご紹介いたしましょう。

まずは陸上競技用の施設。

この短距離用のフォースプレートは世界最長を誇る50mまでを測定できるものです。

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フォースプレートは歩行は走行など動作をする際にかかる力量を測定できる機器です。

トラックには54枚のフォースプレートを設置し、スタート地点の左右手足を含め、50m地点まで測定可能です。

スタート位置には、左右の手足それぞれにフォースプレートが埋め込まれており、スタートダッシュ時にかかる力量も測定できます。

走行時の力量の3成分(鉛直方向、推進方向、左右方向)、ステップごとの設置位置、運動量の算出を行うことができ、そのデータは即時にモニターできるようになっています。

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<お披露目の日に為末大さんがダッシュ>

 

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この日、トライアルで走った為末大さんは「0.01秒の単位でなぜ遅いのか等、具体的にコーチができる。選手自身も自分を知ることができる。たとえば、フォースプレートで何歩目から足の力が横に逃げている等、具体的にわかる。」と言っています。

さらに「パラリンピックに向けて、義足ランナーの測定なども行って、義足にふさわしい走りを探すことにも使えると思う」と付け加えました。

 

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また、体にマーカーを張り付けて測定するモーションキャプチャーシステムでは、赤外線を発する専用のカメラを複数台配置して、反射マーカーの三次元情報をデジタルデータとして取得するシステムです。

体重のかけ方やフォームなどが視覚的に確認することができます。

 

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サッカーや野球のために可動式のカメラが天井からつりさげられるようになっています。アリーナ内のどこにでも移動して使えるので、三脚を床面に設置しなくてもカメラを固定することができるのです。

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サッカーでは、オブジェクトトラッキングシステムと言って、選手に装着した100ぐ程度のセンサーから、座標位置、移動速度、体の向き、心拍数などの情報を無線でリアルタイムに測定できます。同時に30人からサンプリングすることができ、フォーメーションのチェックなどに有効に使えます。

 

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そして、それらのデータは横8m縦2.2mの大型モニターに表示されます。大型モニターでは、選手の映像は等身大で映されます。

 

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野球のピッチャーマウンドとバッターボックスにもフォースプレートを完備。ピッチャーマウンドでは各球場使用にマウンドの高さを調整することが可能です。ピッチャーとバッターの同時測定も可能で、駆け引きがある状態での測定や分析ができるとのことです。

 

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アリーナの横に屋根付きで作られたテニスコートでは、打ったボールの回転数、スピード、回転軸、回転の方向、打点位置、軌跡、落下、地点など、ボールの動きを解析し、打たれたボールの質がリアルタイムに測定されます。

また、肉眼では見ることのできないインパクト前後の動きをハイスピードカメラを使って確認することもできます。さまざまな角度からの映像を同時に記録できるとのことです。

 

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プロ・アマを問わず、さらには日本以外の国からも様々なアスリートに来てもらいたいと目論む鹿屋体育大学。

これまで鹿児島空港からの便が悪く、2時間以上かかっていましたが、高速道路の開通によって1時間に短縮されました。

こうした科学的な分析によって、アスリートたちが自分で自分を知り、新たなフォームを作っていく機会になるといいですね。

 

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野球ってこんなに面白かったんだ。江夏豊が今、語る

投稿日:2015年09月17日 13:26

いやあ、話を聞きながら出てくる言葉は

「ええっ? 本当ですか?」

「そんな~!」

「嘘でしょう??」

次から次へと驚きの感嘆詞ばかり。

 

昔の野球選手はみんな野武士のようで一癖も二癖もあった人たちばかり。

1960年代後半から1980年代前半に活躍したピッチャー江夏豊さんはその筆頭でしょう。

 

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   <聞きて:宮嶋泰子 ゲスト:江夏豊さん>

 

日本記録であるシーズン401奪三振。

オールスター9連続奪三振。

そして、日本シリーズで語り継がれる「江夏の21球」

9回ノーアウト満塁の大ピンチの時、衣笠がピッチャーマウンドのところまでやってきた時に起こったこと。

これまで語られることのなかった意外な心理の変化。

 

江夏さんにお話を伺いながら、野球の面白さにどっぷりつかってしまいました。

9月19日土曜日 BS朝日18時からの1時間番組

「ザ・インタビュー ~トップランナーの肖像~」

http://www.bs-asahi.co.jp/interview/

是非ご覧ください。

テレビ朝日スポーツコメンテータ-

宮嶋泰子

 

 

 

 

 

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フィギュアスケート 髙橋大輔、アスリートへの変身を支えた医学

投稿日:2015年09月12日 13:05

スポーツと医学の関係は近年相思相愛とも言える密接な関係になってきています。

9月10日から京都で日本整形外科スポーツ医学会学術集会が行われました。その中の特別企画として「アスリートとアーティストの融合を目指して」と題し、フィギュアスケートの高橋大輔さんをはじめとする方々からお話を伺う役割を仰せつかりました。

昨年引退を表明したフィギュアスケートの高橋大輔さんは、語学やダンスの勉強でNY留学ライフを満喫中でしたが、この学会のためにわざわざ一時帰国してくれました。というのも依頼主は高橋さんの恩人ともいえる人だったからです。  

その恩人とは京都鞍馬口医療センターの原邦夫先生です。  

 

日本整形外科スポーツ医学会

<吉田氏、高橋氏、学会会長久保氏、宮嶋、原邦夫氏>
これまで多くの怪我から立ち直ったスポーツ選手を取材してきましたが、その中でも高橋大輔さんのケースは実に興味深い点が多く、後世に語り継いでいく必要があると強く感じています。より多くのスポーツ関係者やスポーツドクターに知っていただきたいことがたくさん内包されているのです。

高橋さんがトリプルアクセルの練習中に転倒して、右ひざに違和感を感じたのは2008年10月のことでした。右膝前十字靭帯断裂および半月板損傷でした。トレーナーが選んだのが、関西で前十字靭帯の手術のうまさでは定評のある原邦夫医師でした。

原医師はなでしこジャパンがワールドカップ優勝したときの帯同ドクターでもあり、サッカーだけでなくラグビー、バスケットボールなど、靭帯損傷した選手を数多く手術で蘇らせていました。

しかし、意外なことに原医師にとってフィギュアスケートの選手は初めてだったのです。

膝の前十字靭帯においては、手術が成功してもしばらくは「できるだけひねらないように、できるだけ飛んだり跳ねたりしないように」と注意をするのですが、フィギュアスケートと言えば、その注意事項をあえてやらなければいけない競技です。原医師は、手術をしない方法はないものかと考えたといいます。

「右膝が使えないんだったら、左脚で踏み切ったり、左脚で着氷したりできないの?」と最初に聞いたほどで、フィギュアスケートはおろか、高橋選手のこともほとんど知らなかったそうです。

「こりゃだめだ・・・なんという医師に会ってしまったんだろう。」と内心思った高橋さん。

しかし、彼が手術をする決断をしたのは原医師の一言でした。

「手術後、きちんとリハビリをすれば、今よりずっといい動きができるようになるよ」という原医師の言葉に、オリンピックシーズンを翌年に控え、どこまでできるかわからないがとりあえずやってみようと高橋さんは手術に踏み切ったのです。

原医師の経験に裏打ちされた的確な手術。

膝の裏から腱を取り出し、膝に開けた穴に通し、前十字靭帯を再生するオペが行われました。

手術後、原医師が声をかけたのはリハビリ担当の理学療法士の吉田昌平さんでした。

「あとは、吉田君、君の仕事だ。」

手術後のリハビリテーションの如何によって、すべてが決まってくるのです。

かつて私は、原医師の取材をさせていただいたことがあります。

なでしこジャパンの近賀ゆかり選手が前十字靭帯断裂をしたときに、その回復までの過程を取材させていただきました。その時も感じたのですが、原医師のすごさは、手術のうまさだけではなく、そのあとのリハビリテーションへの移行にもあったのです。

アスリートのように、手術後に再び強度の高い運動を行う者にとっては、手術後の回復具合を見ながら、リハビリの強度を調整していくことがとても重要で、ここが原医師の場合、特に優れているのです。

原医師が国際学会にも発表したMRangyoという独自の透析の手法を使うことで、移植した靭帯が身体に生着していく様子を視覚的に見ることができます。この方法を使って、今この状態なら、この強度でトレーニングをしてもかまわないという指令を出していくのです。

 

さらに、リハビリは手術をした膝の動きそのものだけではありませんでした。

実は手術前に高橋大輔さんの動作チェックを担当した理学療法士の吉田さんが、意外なことに気づいていたのです。

怪我をする前、高橋大輔さんは2006年のトリノオリンピックで8位入賞、2007年の世界選手権では2位という成績でした。しかし、その身体は思いのほか柔軟性がなく、特に股関節回りがとても固いことがわかったのです。また足首の硬さも尋常ではありませんでした。

手術が成功しても、この股関節や足首の硬さがある限り、硬い氷からのショックをすべて膝で受けてしまうことになります。再び断裂をおこしてしまう可能性が出てきます。「この身体の硬さを直さなければすべて水の泡になってしまう可能性もある。」吉田さんの腹は決まりました。

そのリハビリは予想以上のきつさでした。

「あまりの辛さに逃げ出しましたからね。本当にきついんですよ。僕はそれまでスケートでも頑張って何かを必死にやるというタイプではなく、感覚に任せてやるタイプだったので、本当に大変でした。」という高橋さん。

失われた筋肉を取り戻すための筋トレに加えて、理学療法士吉田さんの指導のもと、徹底的に股関節回りを柔らかくし、さらには足首の可動域も広げていきました。いわゆる柔軟ですから、これが辛い。

吉田さんは「2度ほど、リハビリの時間になっても来ない高橋さんを迎えに、家まで行きましたからね」というほどで、その厳しさに嫌気がさして高橋さんはエスケープすることもあったそうなのです。

しかしリハビリは高橋さんの心に変化ももたらしました。

「それまで一人で練習することがほとんどだったんですね。他の競技の選手との交流もほとんどありませんし、一緒にトレーニングするなんていうことも皆無でした。サッカーやバスケの人たちと同じ部屋でリハビリをするようになって、この人たちなんて頑張るんだろう、追い込めるんだろうと驚きました。僕はアスリートじゃなかったですからね。ちゃんとトレーニングなんてしなかったし、追い込むことなんてやっていなかったし。アスリートだなんていう意識もありませんでした。」 

他のスポーツ選手と一緒にリハビリをする中で、自分の身体の硬さだけでなく、メンタル面の弱さも実感したという高橋さん。

リハビリを通して何かが変わり始めていました。

高橋大輔は病院のリハビリ室でアスリートに生まれ変わっていったのです。

 

4月に初めて氷に乗った時の恐る恐るの感じ、しかし、氷をグリップできているすべりの感触など、今でもよく覚えているといいます。

6月にはフェデリコ・フェリーニの映画「道」の曲(作曲ニーノ・ロータ)で滑り始めました。

この曲に合わせて、素晴らしいステップとジャンプの演技構成が生まれていくのです。 ステップシークエンスの滑り方が断然変わってきました。体全体を使って華麗に舞うように踏むことができるようになってきたのです。股関節と足首が柔らかくなってきたおかげで、今までの硬い動きとは別物になってきたのです。

「妙な力を入れなくても、自然に動けるようになってきたんですよね」とは高橋さんの弁。  世界一と言われるステップ技術、そしてこれまでにない感情豊かな表現が見られるようになってきました。

股関節と足首が柔らかくなったことで、一番変わったのがスピンかもしれません。それまでスピンを苦手としていた高橋さんでしたが、足首が曲がることで膝の角度も深くなり、低い姿勢でのシットスピンが可能になりました。股関節が広がりフライングキャメルも美しく決まるようになってきました。 怪我をする前の映像と、術後の滑りを比べてみると、その差は歴然としています。 以前はごつい体つきで、力に任せて滑っている感がありましたが、術後は余分なものがそぎ落とされて一段とスレンダーになった身体で、感性のままに自由に氷上を舞っているように見えるのです。

ここからはすでにご承知の通りの快進撃。 1シーズンのブランクを経て、12月の日本選手権で優勝し、オリンピックの日本代表切符を手に入れ、バンクーバーの地で日本人男性としては初めての銅メダルを獲得。

ロシアのプルシェンコが試合後「You are my hero 」と言って握手を求めてきた話は有名です。あれだけの大怪我から復帰し、見事に表彰台に立ったのですから、世界のスケーターにとっても驚きの出来事だったことでしょう。 ちなみに、個人の競技で1年後にここまで見事に復帰し表彰台に立った例はほとんどないとのことでした。

さらにオリンピックの後行われた世界選手権では、日本人男子選手初の世界チャンピオンとなる快挙を成し遂げ、高橋大輔のスケートは芸術の域へと入っていくのです。

振り返ると高橋大輔選手の結果には日本人男子初が続きます。 世界ジュニア優勝、オリンピック3大会出場、3大会連続入賞、28歳での引退も男子シングルフィギュアスケーターとしては最年長です。

一つの時代を作り上げた原動力となったのは、心の中の反骨精神だったのかもしれません。

「最初に僕が行ったトリノオリンピックの頃は、女子ばかりに注目が集まり、男子は見向きもされなかったんですよ。美姫ちゃん、真央ちゃん、荒川さんの時代ですからね。あるテレビ番組なんて、タイトルに<フィギュアスケート女子世界選手権>と銘打ってあったんですよ。そんなのないのに。世界選手権は男子も女子も一緒ですよね。男子は無視ってとこですか。よーし今に見てろという気持ちはありましたよ。」
スポーツに大切なモチベーションは、本人自身が心の奥深くに持つものですが、その気持ちを結果に結びつけていく過程には、様々な人々のサポートがあるのです。「怪我の巧妙」という言葉は軽すぎるかもしれませんが、高橋さんはまさに、怪我を経て、生まれ変わり、本物のアスリートとなり、輝かしい時代を築きあげたのです。

大ちゃんももうすぐ30代。 今はNYで語学を勉強したり、ダンスに汗を流したりする日々が楽しくて仕方がないといいます。  

アスリートとして開花した裏に医学の進歩とアスリートを支えようと情熱を傾ける医療従事者たちがいることを私たちは忘れてはいけないのでしょう。

9月11日 京都にて。
宮嶋泰子日本整形外科スポーツ医学会

 

 

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投稿日:2015年09月03日 16:00

日本人ってこんなに嘘つきだったっけ?

2020東京オリンピック関連で続く不祥事。なんだか始まる前からがっかりだ。

 

スポーツではフェアプレーが基本だ。

だから、自分だけ内緒で禁止された薬物を摂取してドーピング検査に引っ掛かると、出場禁止となり、度重なればスポーツ界から追放されてしまう。

Cheat ・・・・ごまかしたり、だましたりすることはスポーツでは最低の行為とされている。 

 

ロゴマークがベルギーのデザイナーの作品を模倣したものではないかと疑惑がもち上がった。

ベルギーのデザイナーは訴訟をするつもりと息巻いた。

結局、いかんともしがたくなって、2020東京オリ・パラ組織委員会は正式にこのロゴを使用しないことに決めた。

 

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嘘をついても勝てばいい?? 巨額の富が転がり込むこのチャンスを逃してはならない!?

 

新国立競技場に関しても、その金額が知らぬうちに変更されていた。

最初は1300億円だったのに、2520億円となり、そのうち3000億円になるのではとまで言われるようになった。

「みんなが気付かないうちに変えても大丈夫」と誰かが数字を書き換えたのか?

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考えてみれば、2020年のオリンピックが東京に決まるときも、リオデジャネイロで福島の原発事故に関して安倍総理は「Under control」と言った。

現地で私は自分の耳を疑った。

それが事実かどうかはみんなが知っていることだと思う。

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そして、今月に入り、科学雑誌Natureが9月3日号で、福島原発からの汚染水漏洩に関して、厳しいコメントを掲載した。

漏れた汚染水の放射線量が、最初に報道されていた状況よりも18倍も高かったこと、放射能の海洋汚染が止まらないこと、政府の対応の遅さ、海外の専門家に助けを求めるべきなどの記事が並ぶ。異例の厳しさだという。

 

日本は世界に対して嘘を並べているのか。

いったいどうしてこんな国になってしまったのだろう。

 

「1964年はすべての日本国民が心を一つにしてオリンピックに向かっていった」と、昨日、橋本聖子議員生活20周年の集いで、自民党議員のスピーチにあった。

確かにあの時代は、価値観が一つ。

敗戦国という烙印を跳ね返し、世界に追い付け、そのためにみんな頑張ろう!

挙国一致という言葉が当てはまる時代だったのだろう。

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それから50年

人々の価値感は多様化した。

2020東京オリ・パラのビジョンにもDiversity が掲げられ「一人一人が互いを認め合い」と書かれている。

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上意下達で、理不尽なことが伝えられても下の者はそれを聞かざるを得ないという時代ではない。

一つの情報も、SNSであっという間に広がり、それが検証される時代だ。

100人いれば100通りの意見がある。

それを認め合いながら、より良い社会を築いていこうというのが現代社会なのだ。

 

「嘘も方便」という言葉が日本にはある。

丸く収まれば、嘘もいいものという考えは、グローバル社会では通じないのだろう。

 

昔は嘘をついてもそれが通っていたが、今はみんながチェックできるので、嘘がばれる時代になったのか。

それとも昔は嘘はなかったが、今は嘘を言わないとやっていけない構造が日本の中にできてしまったのか。

 

こんなことを考えているうちに夜が明けてしまった。

 

 

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