大越健介の報ステ後記

テレビとは出会いだ?
2021年11月20日

あえて言おう。
僕はテレビ番組の録画はしない主義だ。「記録」より「記憶」を大事にする主義と言い換えてもいい。実にすがすがしい。
テレビとは出会いだと思っている。ニュースなどの生放送はもちろん、収録されたドラマやバラエティだって、その日初めて視聴者の目に触れるとき、つまり放送のその時に出会うのが一番である。

え?録画しないというより、できないんじゃないかって?
そんなはずはない。僕だってテレビ業界の人間である。いくら機械が苦手だからといって、録画の仕方がわからないなんてことはない。ないはずだ。やればできるはずなのだが、やらないだけである!

同時間帯に見たい番組が複数あるとき、仕事の都合で好きなドラマを見ることができないとき。多くの人は録画という行動をとる(当たり前だ)。いまはネットの見逃し配信のサービスも充実しているので、そちらを使う人も多いだろう。
だが、人生は一期一会と言うではないか。
番組の放送時間に見ることができなければ、それはご縁がなかったということなのだ。その方が潔いし、どこか哲学的な香りがする。

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先日、ありがたいことに長寿番組の「徹子の部屋」に呼んでもらった。友人からはヒューヒューと持ち上げられ、僕も有頂天になった。番組サイドから家族の写真を紹介したいと求められ、妻は「恥ずかしいわ」とか一応遠慮するふりをしながらも結婚式のときのスナップ写真を示し、「使うならこれを…」ですと。お気に入りの一枚らしい。

収録は順調に進んだ。
インタビュアーとしての黒柳徹子さんは、入念に準備をされる方だった。僕についての基礎情報はほぼ頭の中に入っていたと見える。そのうえで、機関銃のようにして質問の矢を放つ。
「学生のころ野球をやっていらしたそうですね。どんな係をされていたんですか」という質問には「係?」と一瞬ひるんだが、「ピッチャーという係をやっておりました」と笑顔で返し、微妙な間をしのいだ。
何か家族の記念の品をということで、野球少年だった3人の息子が、野球オヤジである僕にプレゼントしてくれたネーム入りのグローブを持っていった。「あらまあ、ステキなご家族ね」と徹子さんは言ってくれた。わが家族もこれまでいろいろなことがあったが、ここは徹子さんのおほめの言葉に甘えよう。
徹子さんのペースに引っ張られながら、こちらは身ぐるみはがされていくような思いである。すごいインタビュアーだ。

収録の最後に、ひとつこちらから質問をさせてもらった。「長い間インタビュアーを務めてきた中で、大事にしていらっしゃったことは何ですか」。
徹子さんはしばし考え、「相手を尊敬することですね。だから、インタビュー相手が個人的に親しい人でも必ず敬語を使うようにしています」と言う。なるほど、と思った。番組に妙な馴れのようなものがなく、品位を保ちながら長続きしている秘訣だろう。

放送は11月15日の月曜日と決まった。嬉し恥ずかしの気分である。
番組は午後1時からだ。楽しみだなあと思ったその瞬間、その日は知人とのランチの約束があることを思い出した。あちゃー。会食相手は多忙な人であり、仕事にも絡むのでこの日は外せない。「徹子の部屋」の放送を見ることは残念ながら両立しない。
しかし、テレビは出会いだという意固地な信念を持つ僕は、自宅で録画するという発想がない。番組の中身はインタビューを受けた僕自身よくわかっているのだが、やはりオンエア版を見てみたい。とはいえ、それがかなわないのだからいつものように諦めればいいのだ。それが僕の哲学なのだから。

放送された日、帰宅すると、妻が「いろんなところから連絡が来て大変よ」とはしゃいでいた。「結婚式のときの写真、きれいだったわよ」とかお世辞を言ってくれる友だちもいたらしく、「もう、いやねえ」とか言いながら、明らかにテンションが上がっている。
やはり記念として録画があるといいなあ、とそのとき思った。僕に輪をかけて機械に弱い妻が、ほこりをかぶったビデオデッキで録画をしたとも思えない。

すると思いがけず妻は言った。「録画したから後でまた見よっと」。
「えっ?録画、したの?」
「したよ」と妻。
「できたの?」
「したよ、ふつうに」。
こともなげに妻は言った。なんと、僕はテクノロジーの分野で妻に後れを取ってしまった。テクノロジーというのも大げさだが。

その瞬間、「テレビは出会いだ」という僕の哲学はガラガラと崩れ去った。
これからはちゃんと取り扱い説明書を見て録画するようにしよう。ネットの見逃し配信も使うようにしよう。なんだ、たったそれだけのことじゃないか。

しかしそれでも、と僕は思う。
テレビというのはありがたいもので、ただぼんやりとチャンネル操作をするだけで、好きな番組と出会うことができる。ネットはどんどん自分で情報を探しに行くメディアとも言えるが、テレビはある意味受け身でかまわない。受け身でいながら、ときに、生涯忘れられない記憶を僕たちの脳裏に刻んでくれる。そんなテレビが僕は大好きだ。

「テレビは出会いだ」という哲学はかなり崩れ去ったが、土台は残っている。やはり録画という作業には縁遠い日が続きそうだ。

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