持っているひと
2021年10月04日

「あんた、持ってるね」とよく言われる。

10月4日、僕は報道ステーションに初登板する。
その日は臨時国会の召集日にあたり、ちょうど100代目の内閣総理大臣が指名される日となった。ひょっとしたら国会や政府が僕のデビューに合わせてくれたのかもしれない(そんなはずないか)。
それにしても、なんと大きな節目に出くわしたことか。
僕は以前、長いこと政治記者をやっていた。だから僕を知る人は、「いきなり相性のいいニュースに恵まれた運のいいヤツだ」と思うのだろう。そこで「持ってるね」と感心したように言ってくれるのである。
なるほど、持っているのかもしれない。そう思うとソワソワし始め、スイッチが入ってしまった。
9月29日の自民党総裁選挙。昼間からテレビにかじりついて総裁選投開票の様子に目を凝らす。昔ながらの議員投票の進行である。案の定、岸田さんが決選投票に勝利した。票数もだいたい予想の線だ。「オレのカンも鈍ってないぞ」と自画自賛したりする。
第100代総理大臣となる岸田さんの総裁就任会見を、メモを取りながら見る。「得意技はひとの話を聞くことです」という岸田さん。質問のひとつひとつを拾いながら丁寧な対応を心がけているのがわかる。だが発言の具体性は乏しい。まあそんなものだろうな、などとテレビの前でブツブツつぶやいている自分がいる。
岸田さんは「新しい資本主義」をしきりに強調している。中間層に手厚くお金を分配して消費を生み出し、それが成長をもたらす好循環につながるのだと主張している。
それはそうだけどさ、と、またしても僕はつぶやく。財源はどうするの?赤字国債なら結局は将来の国民へのツケになるわけでしょ?ああ、直接質問をぶつけたい。

翌日、自民党役員人事が相次いで固まり、メディア各社はニュース速報に余念がない。僕はこの日もテレビにかじりつき、スマホをのぞいている。政治記者時代、「抜きつ抜かれつ」の取材合戦にはいつもしびれたものだ。
幹事長には甘利さん。政調会長には高市さんか。麻生さんと安倍さんといった後ろ盾の影がちらつく。ドンに配慮した人事だね。流れる速報を見ながらひとり納得している。おっ、総務会長には当選3回の福田さんを抜擢か。総裁選で党に新風をと訴えた派閥横断グループのリーダーだ。若手に配慮した抜かりない人事ですな。でも、いかにもという感はぬぐえない。僕はすっかり訳知り顔である。
ブツブツ言いながらひそかに興奮している僕を、妻が珍しい動物を見るように眺めている。

でも、どうにもフラストレーションがたまるのである。なぜだろう。よく考えてみれば答えは明らかだった。現場に出ていないからだ。
テレビの前で微動だにせず、かといってひとりの視聴者に徹することもできず、僕は中途半端な立場で独り言をつぶやいていただけだった。机上だけでものを考える、たちの良くない評論家のようにして。

もちろん、現場に身を置いたからといってすべてが分かるわけではない。でも、ニュースの現場が持つ独特の空気に触れるだけで、自分の中に化学反応が起きる。思わぬ発見があったり、頭の中の仮説に現実の血肉を与えてくれたりする。
現役の記者時代、そしてテレビでキャスターを務めるようになってからも、自分はそうやって「伝えるべきものは何か」を探し続けてきたのではなかったか。

そんな、自分にとって当たり前のことに改めて気がついた。NHKを退職してから3か月、報道ステーションのキャスターとして登板する間際になってぎりぎり間に合った。いや、原点を再確認するまでにそれだけの時間が必要だったのだというべきか。
これからは再び現場に立つことができる。カメラとともに。あるいは身ひとつで。足を運べる現場の数に限りはあるが、せめて現場を知る人の思いに触れることはできる。
そうしてスタジオでの言葉を紡いでいく。それはキャスターの大事な仕事だ。

だから10月4日は国会に足を運ぼうと思う。現場で感じるすべてのことが、頭でっかちになりがちだった僕の心を揺さぶり、眠っていた細胞が目を覚まし、もっと知りたい、もっと伝えたいという素直な欲求が沸き起こることを願う。

つくづく、僕は持っていると思う。
それは、慣れ親しんだ政治の季節に番組デビューができるからではない。それは、一区切りつけたくなる年齢になってなお、報道の第一線に立つ仕事に恵まれたことであり、番組を支えるエネルギッシュな仲間たちと知り合えた幸運に他ならない。

扱うものは森羅万象。ニュース番組の醍醐味だ。
背筋を伸ばして本番に臨みたい。

(2021年9月30日 記す)


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